お花見

仕事を夕方早めに終えて、舞鶴公園に花見に行きました。お弁当を買って満開の桜の下で食べました。日が落ちると寒くなり、雰囲気を味わうと事務所に場所を移し、コーヒーで談笑です。10数年前テレビ番組に取り上げてもらった映像や、平田がNHKに生出演したときの映像を懐かしく、見ました。さすがに私も、平田も若く、中村が失礼にも「若い,」「髪が多い。」「化粧が濃い。」など内容には興味を示さず姿形に大爆笑してました。痩せていて、ほめられることが多い平田が調子に乗って、仕事に関係ない、海外で取った「若かりし頃のナイスバディの水着姿のビデオをみる。」と若者に尋ねるや否やもってこようとするのを、必死で止めて、お開きとしました。よかったーー。

商売と事業

わたしは田舎の商売家で生まれ育ちましたから、家族、親戚、男女問わず皆、忙しく働いてました。家族団らんの夕食などありませんでした。役職や地位も別になく、皆が汗水流していました。自然と田舎商売のやり方みたいなものを学び、身についたように思います。大人になり、はたらきはじめ、ビジネスとか事業という言葉が聞こえてきました。「事業計画」「システムの構築」「作業の効率化」「節税」「中長期計画」「社会貢献」・・・・さまざまな業種で成功者と呼ばれる人たちの考え方や言葉が取り上げられます。「忙しい会社は儲けない」「残業が多い会社は儲けない」「きちんと休みなさい。」というアドバイスも多いようです。この会社をはじめるとき俗に言う偉い人に沢山アドバイスを受けました。数社の大手住宅会社社長や役員、大手の建材メーカー社長、ゼネコンの役員、銀行の支店長、弁護士・・・・・・。自分の心に響き、エネルギーをもらえることはありませんでした。「そういうもんかー。」と勉強はさせていただいたのですが・・・。頭悪いので「事業」はできないと思いました。お袋や、おばから学んだ商売の考え方が、わたしには「正論」でした。仕事ができるようになるまでは、修行たい。休んだらいかん。ひとのために動きまわっていたら、仕事のほうからやってくる。お金は後ろからついてくる仕事が、本物よ。
今私がやっていることは、忙しく、正月以外無休で、効率は悪く、汗水流し、何もかも自己完結の「商売」です。そうしてやっとわずか利益が出ます。株主のための利益追求とか、資産とか、事業拡大とか、何一つ興味すらありませんし考えたこともありません。目指すは親父やお袋がやっていたみんながなくなったら困るといっていた「田舎商売」なのかもしれません。業種や場所は違っても私は小澤商店を継いだのかもしれません。住宅版、小澤商店を続けます。

事故

私と平田がハウステンボスで打ち合わせ中、6時過ぎ、留守を守ってたはずの中村から電話がありました。「帰る途中、後ろからかなりひどく追突されて、どうしたらいいでしょう。」「警察に電話しろ。体は。?・・・・」たいしたことなく大丈夫なら「もちろん、ナイスバディーです。」と答えるはずなのに「怖くて頭が痛くて、吐き気もします。」これは普通じゃないと思い、いつもなら「え、三人目ができたか?」という返しも控えて、T先生に電話をして、見てもらう段取りをして、遅くてもタクシーで診察に行くように言いました。やや女性らしく、半べそ声で「大丈夫です。」といいながら、一度電話を切りました。、ちょこちょこ電話をしながら警察の事故処理、診察がおわった10時近くになっても元気がなく吐き気と頭の痛さが取れないようで、とても女性らしい口調と声のトーンです。後遺症が出なければいいがと、平田と話してました。そういう平田も腰と股関節の痛みと戦っており、起き上がれず、休む時もあります。しかし、先日痛々しく腰を曲げ、足を引きずりH先生の病院に診察に行った時、オダギリジョウ似のレントゲン技師に足や腰をさわられたと喜んで帰ってきました。未だに診察の結果は報告がありません。次4日に行くのをを楽しみにしているようです。
足腰の弱った平田とムチ打ちの中村・・・・・・・・・・どちらも口は達者・・・・・・・とにかく直してもらわないと。
今日1日いつものように三人で十日恵比寿にお参りして、身体守りと交通安全のお守りを買って、渡しました。