肩書きで生きてる人、重要視する人、大事にする人、・・・・肩書とはその人の看板みたいなものです。わたしなど、肩書は苦手です。職業、会社名、役職・・・・・・肩書とその人の魅力が一致することはほとんどありません。肩書に胡坐をかいて、肩書がなくなるとだれも見向かない人の方が圧倒的に多いと思います。顔を合わせ、話し、聞き、その人の価値観や生きざまに共感できる者同士が力を合わせるといい化学反応が起き、素敵な物が生まれます。しいて言えば私たちは住宅屋です。素敵なオーナーと、しっかりした真面目な融通の利く工務店と、前向きな輸入部材屋さんが集まればいい作品に仕上がります。いつも思うことがあります。小澤、平田、渕上、・・・・・・オーナーも皆、個人対個人のお付き合いで、肩書は存在していません。「何処で建てたの。」という答えは〇〇ハウス、△△ホームではなく、「誰に頼んだの。」という問いに個人名が出てくる家づくりが本物だと思います。
古賀誠や、山崎拓など、国会議員の肩書が外れてから、自分の本音を語り、存在感を示してます。小さい言葉に目くじら立てず、大筋をしっかり見聞きして本当の討論を行うべきです。肩書は守りに走ると人を窮屈にするものでもあるようです。
我が家