食い物

昔は食事をするところを見られることが恥ずかしいことという時代もあったようです。もちろん食は文化ではありますが、テレビなどで面白おかしく食い物をこれでもかと見せられることに嫌気が差してます。食い物が異常な辛さやくささで笑いの道具にされてたり、大食いを芸と勘違いしているタレントを見てると頭の悪さしか感じることができず、そんな番組を作り流す連中に腹が立ちます。同じ局でありながら一方で食えない国や子供、多くの食料が廃棄されてることを問題として電波でながしてます。ここでも信念が見当たらず金儲けの理屈がはびこってます。唯一私が見れる食い物の番組は『孤独のグルメ」です。

金は見えてもやさしさがない補助金

国、県、市・・・国金などコロナ対策でどこも補助金を決めてますが、何がなんだかわからず、役所の担当者も理解していません。人気取り、しいては選挙対策でお金やりますということは決めても、本当のやさしさから決めたものではないので、何じゃその決まりはということばかりです。役所の人も首をかしげながらの説明です。本当に多くの人は今ばら撒くお金を必要としてるのでしょうか。もらえるならもらっとこうという程度の人に必要かどうか?有事は金をばら撒くだけしか能のないの政治家しか見えません。

 

医療機関もいろいろ

コロナで医療機関に感謝とか寄付とか補助金とか言ってます。私から見える医療機関はいろいろです。水巻のK医院とか、高森のA病院、筑後のH先生のクリニック、・・・・ご入居者で日ごろから地域医療に真摯に向き合ってるドクターには頭が下がります。今私が毎日行ってる皮膚科も、コロナの最中ですが先生がしっかり診察して頂き、看護婦さんがレイザーを当て、薬を塗ってくれます。三ヶ月に一度行く大病院は血液検査と尿検査後、待たされて診察室に入ると、コロナなので2メートル以上はなれて座るように若造医者にいわれ、今までの薬を三か月分出しときます。それだけいうと一分かからず終わりです。前回との検査結果の説明や具合を聞くこともなく、検査の結果改善してるのかどうかさえわかりません。会計では目が飛び出る三万七千円です。さすがに切れて、これならリモートどころか、電話でもいい対応です。検査意外なにしに病院に来たのでしょう。病院に抗議しました。診療報酬かせぎでしょうか?こんなハチャメチャな金儲け主義の医療機関もあるということも忘れてはいけません。気が利かない対応の病院は一応に格好だけつけるようです。

嬉しい再会・・・時の流れ

ほぼ30年前まだまだ若造の時代、とんでもない住宅の依頼を受けました。規模も大きいし、レベルの高い海外生活経験者であり、ご主人がドクター、奥様が音楽家でした。知識も経験も少ない私にできることはコーディネーターともども勉強しながらのデザイン提案です。東京や横浜に行ったり経験者に教えをいただいたりで、何とか出来上がりました。雑誌に取り上げられたり、漫画の主人公の家のイメージに使われたりで高い評価を受けました。その当時、とんでもない輸入紙クロスを使ったり、ドイツ製ラショナルのキッチンを入れたり、アメリカのモール、窓、ドア、チェコのシャンデリア、ベーカー,ハーデンの家具など一流品を目にし、手にし、自分の住宅デザインを作ってくれた作品です。その当時幼かったお嬢さんが歯科医師として開業されたという連絡を頂、ご挨拶に行くと奥様に再会しました。『小澤さん。家は30年になるのに、まったくクロスなどもきれいで、いまだにお客様がびっくりされます。』というお言葉でした。クリニックの中もお嬢様に案内いただき、奥様の血を引き継いだ感性が見て取れました。素晴しい歯科です。

議論

多くの人は議論をすることが苦手のようです。大人は自分の意見を言わずあいまいに物事を済ますこと、温和にことを運ぶことを好みます。そもそも議論とはある問題について、自分の意見をはっきり話し、人の意見をしっかり聞き結論を導き出すことです。そのためには勉強や知識や経験が必要です。特に日本人は議論をわがままとか、喧嘩とか、謙虚じゃないと思い込んでいます。家作りにおいてもお客様や審査機関に裏でごちゃごちゃ文句を言うだけで正面きって議論を戦わせようとは思わないようです。議論には勝ち負けはありません。自分の気持ちが気持ち悪くないように、正々堂々と自己表現すべきです。

春に続き、夏の甲子園中止

元高校球児の一人として言わせてもらいます。高校野球は教育だとか馬鹿なことをいうジイ様たちが、問題が起きたとき、自分たちの責任逃れのため、夏の大会中止を決めたようです。地方は地方で決めろということのようです。知恵も度胸もない役立たずです。そして多くの偽善者たちが『努力はこれからの人生無駄にはならない。』とか『次のステージでがんばれ」とかわけのわからないことを言ってます。もし今回の決定で役に立つとすれば人生理不尽でどうしようもないことがあるということと、偉い人は自己保身主義で役に立たない、頼りにならないということくらいです。一握りの甲子園より地方大会が多くの高校球児には必要な大会です。知恵のない大人はこれをきっかけに役職から去りなさい。いまだに意味のないコロナのカウントに一喜一憂してる政治家と専門家も含め信用できない連中がいかに多いかよくわかったと思います。自己責任で世の中渡っていくことが大事です。

技術の進歩、人の進歩

最近、昔の映画や、歌や、お笑いを見る機会が多く、おなじみの年寄りせりふをふと漏らしています。「昔のほうがいいなー。いまのはようわからん』・・・・・ネオンだ、タバコだ、赤提灯だ,汽車だ、銭湯だ、公衆電話だ、喫茶店だ・・・・今は形を買え数段すべてが進歩しています。役者や、歌い手や、芸人もすべてに特徴がはっきりしていて、昭和という時代は今思えば人と人とが競争し、切磋琢磨して人間そのものレベルを上げていた時代のように思います。代わりがいない存在がたくさんいたように思います。今は機械が進歩し、便利になり、それに頼って物事が作られていってます。若いお姉ちゃん、青年が団体で歌ういくつものグループが存在し、若い役者もよく似ています。人は停滞してるのか退化してるのかわかりませんが、いい物をなくしながら時代が進んでいるようで、寂しさを感じます。

お粗末な緊急事態解除

緊急事態解除と総理が言ってますが何の意味があるのかさえわかりません。この国の政治家や専門家と呼ばれる現場に携わっていない名前だけの先生方がどれだけ無能で役に立たないかがこの数が月かけていやというほどわかりました。わたしは自分の判断で自分の責任で動くことにしています。政治家も現場外の専門家も机の上の勉強は今まで経験したり調べたりしたことを知識として持つことです。初めて遭遇する有事にはうろたえるしかないのです。記憶にございませんとか文書改ざんなどお得意の飛び道具も使えないし、勉強しかしてない連中は頼りにならないのは世の常です。いろんなお金を出しますということを聞くので市役所とか、県庁とかに電話しましたが、まだ決まってないだの、自分の管轄ではないだの、縦割りは相変わらずです。内容を聞いてもわれわれもいままだよくわからないという始末です。人手が足りないのであれば国会議員や県会議員、市会議員みな休日返上で公務員の手伝いしろと思います。それも役に立たないのなら価値なし。とにかく今みんな働くことです。そしてよく食って、よく寝て強い体を保つことです。酒飲みのドンちゃん騒ぎや、お姉ちゃん遊びや、コンサートやら、ましてやパチンコやらをやめとけばいいと考えてます。

現場集合

糸島M邸は今、外壁通気層工事、断熱材工事中です。今日は大工、監督、輸入部材屋、我々、オーナー、全員集合でモールやタイルの確認打ち合わせです。ディティールを細かく決めることができました。みんなで決めればいろんな意見が出て、知識の共有もでき、打ち合わせが充実します。しかしコロナの影響でショールームがクローズです。困ったものです。こういうときこそいつもより動いてコーディネートしていきます。来週半ばから外の塗装に入ります。現場はいつも学ぶものがあります。私の仕事は寸法を決めて伝えることと空間のバランスを見て修正すべきはして決定することです。経験と勘が答えをくれます。 

ゆとりとは 

ゆとりとはどういうことなんだろう。のんびりということなのか、余裕を持つということなのか、どうも私のようにせっかちで、じっとしてることがもったいないと思う人間にはなじみません。ゆとり教育というもので育った人間は大体が昼行灯のようなやつが多いように思います。『しゃきっとせんか。』といいたくなります。とにかく働けと教えられましたから、週休2日、有給休暇、育児休暇など信じられません。若くして、ユーチュウバーなどという恥ずかしい仕事で金を稼いだり、株や、投資で働かず、生活をしている連中をうらやましいとも思いません。『狭いながらも楽しい我が家」という精神が好きです。人が寄り、依頼が来て、必要とされ、喜んでもらえる仕事ができる。ゆとりがない忙しい日常が幸せです。