へたくそ福岡

前にも書きましたが福岡空港が使い辛く、利用するたび怒りを覚えます。駐車場も含めた全体計画が悪く、どうも利用者より、金儲けの土産店やレストラン最優先の建物に成り下がってます。また天神ビックバンとかたいそうな呼び名でどんどん解体して工事に入ってます。目立ちがり屋の高島市長が、建設業界と一緒にやってるのでしょうが、街づくりもデザインもへたくそです。かなりひどいと思います。すてきだった日銀の建て替など恥ずかしくて見ておれません。チープでおぞましいものです。新天町もぶっ壊すとかで博多や天神の文化が壊され、だんだん町が廃れます。大事なものは守る建築も大事です。リッツカールトンの建物もデザインに九州福岡がどこにも見当たらず、大きくけったいなものでしかありません。博多や福岡は特有のデザインで市民が親しめる町を作るべきです。

新年の挨拶

佐世保でL&Sさんを中心とした業者さんたちで行う護摩行に今年も参加させていただきました。正月の一番の行事です。多くの皆さんに挨拶ができ、いい時間でした。帰ると早良区の歯科クリニックの工事をお願いしてる工務店さんが挨拶に来てくださいました。遠方の工務店やご入居者と電話やメールで挨拶させてもらいました。やはり大事な風習です。実は差し歯で治療中の前歯がはずれ間抜けな顔ですがコロナ用マスクで助かりました。夕方いとこの歯医者でつけてもらいました。また世間は3連休らしいですが、

新年

あけましておめでとうございます。いい天気の正月でした。今年は足も悪いので初詣は行くまいと決めていましたが、いい天気に誘われ、十日恵比寿神社と大宰府天満宮に行きました。不思議な風習ですが大混雑の中、なぜか御参り後はほっとします。ここ2,3年京都で年を越す息子が頼んでくれた御節をつまみながら箱根駅伝を見てました。毎年のことですが、この時期は多くの不安を抱えてスタートします。仕事の依頼はあるだろうか、トラブルなく完成引渡しできるだろうか・・・。でもこうして今年のスタートラインにつけました。がんばります。 

31日

今年もなんだかんだ大晦日も事務所でのんびりいろいろやってます。コーディネーターはカーテンの洗濯や片付け、わたしはコーヒーをのみながら机の周りをのんびり整理です。昔はこの時期、親父とおふくろを連れて、家族で温泉での年越しを15年続けました。いい思い出です。両親、祖父母、おじおば・・・考えるとみんないなくなって思い出の中です。今日はいろんな思い出と楽しみます。皆さんもいい年末年始をお過ごしください。ありがとうございました。

 

 

会うこと

水巻のK医院の奥様が打ち合わせで事務所に来ていただきました、早良区で施工中のM歯科のご夫婦も事務所で打ち合わせです。南区のK先生ご夫婦はわたしが伺いメンテの打ち合わせです。東京や静岡はわれわれが出張でお会いします。大事なことです。パソコンでのリモート打ち合わせはそれをやった上でのことです。『お会いする。』ことがなにより大事です。気持ちが入る仕事ができます。長いお付き合いができます。人と人の付き合いになります。効率よくといいながらパソコンやアイフォンで打ち合わせを続けていると薄っぺらい家ができて、表面上の付き合いにしかなりません。足を運ぶことはどの時代も大事です。図面や絵は夜書けばいいのです。いらんことですがいい家といい女は夜作られる。

 

マントルピース

今まで多くの住まいを作ってきました。暖炉をつけた家も多数あります。冬、クリスマス時期は特に暖炉が似合います。ゆれる炎、ぱちぱちという音、におい、とても癒されます。世界の建築界の巨匠フランロイドライトが建築の学生に向けて、『将来家を持つときは必ず暖炉を設けなさい。暖炉は思考や知性を高め、感性も磨く」といっています。わたしの家も暖炉で冬は過ごします。機械ではない温かさは格別です。最近はエタノール暖炉なども流行のようです。今日のニュースでは、ホワイトハウスで暖炉の炎をはさみゼレンスキーとバイデンが首脳会談をやってました。いいエヅラです。

いろんな感想

われわれの作る家は一軒も同じ家はありません。オーナーと話し、提案をし、ご納得の上着工です。多くのお客様の感想は『なんだかわからないけどよそとちょっと違う。」といわれます。『日本の家は同じに見えて寂しい箱です。そしてバスルームがないベッドルームなど考えられない。」とアメリカ人のお客様が語ってました。」外でのバーベキューや食事、ホームパーティーで家での生活を楽しまないと。」ともおっしゃってました。不便なく支障なくクレームがない家を目指すのが日本の家作りです。楽しい、面白いというものが抜け落ちてるのかもしれません。たたみ、ふすま、障子,床、広縁などの素敵な日本を捨て、住宅メーカーなどが作ってきた日本流洋風住宅は工業化製品で作られ、限界が来ています。住宅展示場なるものは、建てる家ではなく買う家を推奨しているようです。 

 

自覚して暮らす

最近めっきり体が弱った気がします。病気とかではなく、動くことが億劫になり、元気とか、はつらつとか精力的とかそんな言葉と縁遠い生活です。足を少し悪くしていることが原因だとおもいます。「老いは足からきますよ。」とまわりからいわれながら現場や出張には行きます。幸い車は乗れるし、よりいっそう口は達者です。生命線である、右手は至って健康です。耳や、目やこれから衰えていくことも自然の摂理です。抗わず自覚して受け入れてがんばります。不思議と過去を振り返るより、先を見てることが多いのでまだまだやります。この仕事はこれからが面白い年齢のようです。高齢者のジャンルでの家作りも面白そうです。若者と勝負です。

 

12月

続々とお歳暮が届きます。ありがたいことです。毎年お客様や業者からの心遣いに感謝しかありません。われわれは毎年かわりばえしないものをお送りするだけです。M様から私が楽しみにしている長嶋の来年のカレンダーも届きました。私の神様です。私が子供のころは年末、海運業の親父は半年分の請求書とともにおとどけもの持参でお得意さんを回って暮れの挨拶をしてました。遠方もできるだけ顔を出していたように思います。。お袋の店も福岡の仕入先などからフェリーに乗って挨拶に来ていました。最近は宅配で送られ、お礼の手紙やはがきに変わりメールです。年賀状やプロポーズまでそのようです。字を書く指と文字を打つ指、たいした違いはないようで、非効率といわれることの意味を考えてしまいます。墓参りの代行という商売が成り立つ昨今、時間とお金をかけて墓に行き話しながら掃除をして花をおきたいと思います。先祖ですから。

 

最近思うこと

建物も車も、歌も年月を重ねても愛され続けるものがあります。愛され続けられる人もいます。理由はわかりませんがそうなるには「運」は必ず必要のようです。自分に「運」があるかどうかはわかりませんが「運」がないとは思いません。人と比べることもありません。自分のために生きてきた人生です。少なくとも今まではつらいことは多少ありましたが大きな障害もなく恵まれた人生だったように思います。争ったり討論したり、肩組み合ったり、抱きしめあったり・・・・これからは人の役にたつための人生にしたいと思います。そのためけんかしたり、楽しんだり、仕事したりしていきたいと思います。最近気になってることは、仏壇には毎日手を合わせても墓参りにいってないことです。仕事にかこつけた言い訳は最低です。反省です。