仕事ができてる喜び

独立して10年になろうとしています。いろいろな困難を背負わされながらのスタートで、戦いながら怒鳴りながらでもとにかくいいものは全力で作り続けました。決して安定しているわけではありませんがご入居者に支えられ、好きな仕事を続けることができました。これからも必要とされなくなるまでがんばります。うらみつらみをエネルギーに変えて動き回りました。今年もがんばります。

年取る過程

年をとることで現れる現象がわが身にも起こりつつあり、驚いたり、自分で笑ったり、落ち込んだり、・・・・まあそれでも動き回っています。なんといっても、小便が近くなり、夜2度3度おきてしまいます。太ってるせいでもあるのですが体が硬くなり、風呂上りパンツをはくのもふらつきます。同じ姿勢が続くと体がおわばったり、指先が痛くなったり、足がつったり大変です。畳に座ることは閥ゲームみたいなもので、立ち上がるのに一苦労です。体操するのも、あちこち痛くてぐねぐね、ばきばき音がします。なんと言っても薬の数が増え、血圧とか、胃の薬、目薬、塗り薬など持ち歩き、老眼鏡はあちこちにおいてる始末です。物を食うと、少しこぼす量が多くなったように感じます。少々のことでは驚かなくなりましたが、よく涙が出ます。「まだまだ後一花咲かすぞ。」というのですが、すべてを受け入れ無理せず年相応でがんばるほうがいいようです。若いときの行動はすべて、健康な肉体ゆえに暴力的だったように感じます。すべての年齢は初めて味わうのですからせいぜい楽しみます。

大人の礼儀

意外と、当たり前のことができない大人が多いようの思います。いちばんおおいのは連絡です。最近、仕事の報告、連絡が昔と違い少なくなっています。着手したこと、終わったこと、内容とともに連絡するのがきちんとした仕事です。いまどきその方法まではいいませんがメールなんかより、話すことです。病気などで仕事を休むときも、その症状、回復具合、頼みたいこと、甘えたいこと、を毎日連絡することが礼儀です。仕事に責任を持つこと、仲間への責任・・・・・。そんなこともできない人は上手に生きることはできても、一人で本物の信頼やガチンコ勝負の仕事はできないと思います。商売屋で育った私は大人たちから本物のお辞儀、本物のお礼、本物の甘えを覚えなさいと教えられました。そしてこびなくていい働き方をしなさいといわれました。大人はきちんと人に連絡できることが礼儀です。

十日恵比寿

毎年恒例の十日恵比寿に行きました。多くなる前の夕方5時半ごろに行ったせいか思いのほか混んでなく、くじでは恵比寿だるまがあたり、幸先よいスタートです。毎月の一日参りは欠かしませんが、その時の静寂感と違い、正月は初詣よりすさまじい人出のようです。お祭りです。焼きそばのソースの香りや、焼き鳥、たこ焼きの匂いが漂う出店の中を何もかわず帰れなくて、焼きそばとおこわを買って事務所に帰りました。これで用意万端一年が始まります。毎年毎年、今年はやれるかなあと思いつつ10年目に入ろうとしています。この仕事は気が休まることはありません。自分のデザイン力と、ご入居者や仲間との絆が力です。

新年行事

L&Sさんのお誘いで毎年仕事始めの時期に、佐世保の黒髪山で護摩焚きに参加させていただいています。ピリッと身が引き締まり、今では恒例行事として、年始になくてはならないものです。ありがたいお付き合いです。昼食会で親睦を深めた後、ワッセナーで打ち合わせでした。今年もここでの仕事が続くことを願いました。新年号に消費税アップ、難しい外交問題、選挙・・・・あわただしい一年になりそうですが、まっすぐ、人のためになる仕事を続けたいものです。

あけましておめでとうございます。

いい正月です。珍しく息子夫婦も帰省しにぎやかです。孫も子供らしく動き回っている姿を見て、みんな健康で、きちんと働き、元気な顔がそろうことに安堵します。私の人生から祖父母、父母、おじおばなど、いなくなり、今じいちゃんの役目のときです。今年もみんな元気で働き、人の役に立てるようにがんばることが何よりです。よろしくお願いいたします。

いい一年でした。

相変わらず、動き回り、何とかかんとか今年も年が越せそうです。よく怒り、なき、笑い、悔しさ、喜び、すべて半端じゃない一年でした。平穏は私の人生では訪れないようです。多くの人に支えられ、いい一年でした。ただ生産性がなく、金で商売する、銀行や証券、税金で食う、政治家や官僚、汗水流さない、IT屋、ネット商売、えらそうにほえる馬鹿なコメンテーター、人をあばいて稼ぐ、週刊誌や、TV、法曹界、・・・・・大嫌いです。私は汗水流し人の暮らしに根付く仕事がなによりかっこいいと思います。家族、仲間、コミュニティー、身近な人たちとかかわりあって生きていこうと思います。ご入居者の皆さんよいお年をお迎えください。力足らずの私ですが来年もよろしくお願いいたします。

白川郷

念願かない、駆け足で、白川郷まで行きました。観光化されているとはいえ、世界遺産です。村での暮らしが垣間見えて、人の知恵や、工夫が感じられました。必要美というのでしょうか、大きいものでは5階建てにもなる、三角形の造形美と、雪と戦う窓や開口部の工夫が美しさを作り出しています。我々の作るプロポーションと同じような考えです。ただ家の真ん中は囲炉裏などの煙を通すように、格子床になっており、ものも置けます。いつもながら、非常ベルや、消火栓、火災報知機など、建築基準法や消防法が野暮な適用で、雰囲気をぶち壊しています。観光客は歩くときも、喫茶店も、食事時も、会話もなく、携帯を見るばかりです。なぜこんな馬鹿に成り下がったのでしょうか。

商売

私は商売屋に生まれたので、両親や、おじおばに商売の考え方を叩き込まれました。媚を売ったり、買うことを押し付けたり、自分の損得だけ考えたりするようなことだけはやるな。ときつくいわれました。つきあいに商売を絡めるのもよくない。親戚だからとか知り合いだからで物事を推し量らず、きちんとしたところでビジネスは行うものです。一番大事なのは、お客様ではなく、仲間だとも教わりました。お客様とは対等な関係であるという意識がいい商売につながるといわれました。今頃その意味がよくわかります。リスペクトしあえる関係が理想です。ただ物売りと、物づくりでは意識のずれは大きいようです。同じ会社でも、営業と、技術は分かり合えないことが多いのもそのせいです。世間をにぎわしてる「お客様は神様です。」という風潮は文化レベルが低い感覚です。正々堂々とした商売こそ、長くいいお付き合いと、信頼関係が気づけます。そのためには腕を磨き続けなければいけません。

対馬

親戚の葬儀で対馬に帰りました。親父と一緒に、船で、対馬のために人生をささげたといってもいい人です。働くばかりの人生だった人ですが、謙虚で、おとなしく、人のために体を動かす人でした。今はこんな人はいません。我が家の墓にも立ち寄り、一緒に行った娘と手を合わせてきました。娘にも感謝します。私みたいな親父によく付き合ってくれます。お袋の妹の家にも寄り、しばし話して帰りました。とても奥深いいろんなことを考えさせられた一日でした。毎朝仏壇に手を合わせて大事な人の名前を呼びかけますが、今日からその名前が一人増えました。「敬輔おじさん、さようなら。」