造る、育てる

私は、造り、育てる人生に価値を感じます。洋服や、家 等、既製品を探し、見つける行為より、オンリーワンのものを考え造る事を選びます。友達も恋愛も仲間も、いい人、できる人、すてきな人を見つけるより、一緒に造っていける人、年月を経てお互いを育て上げ、自分たちだけの形を目指せる人を、「良し」とします。所詮 、既製品は飽きて、次がほしくなるはずですから・・・・。 仕事においても、休みが多く、給料もよく、きつくなく・・・・そんな会社や働く環境は、組織に埋没して、自分の存在価値が見えなくなります。代わりは誰でもいるわけです。朝から夜遅くまで働いても、自分の働く成果や、必要性が認識され評価され、力がついていっていることを自他ともに認識できることに喜びを感じる人でチームを造ります。いい意味で心ある「徒弟制度」「弱肉強食」の精神です。「誰かと何かを作っていく。」ことが人生のように思います。とっても身近なことでは、教育においても外食に行くよりお母さんと娘で料理作る。家族で草花を植え、庭を作る。・・・・・・・・一緒に何かを作ること、昔でいう「手伝い」を通して、子供は育てることができます。そして、親の生き生きした仕事ぶりを見せること、人から必要とされてる親の価値を感じさせることが大事です。

日本人が豊かさを勘違いして、モノを作らなくなってから、おかしくなったように思います。町には格安の一年サイクルのような洋服屋が並び、合コンとやらで薄っぺらい人付き合いをし、素人でできるファーストフード屋、コーヒー屋、居酒屋で飯を食い、コンビニで出来合いのものを買い、皆同じゲームという遊びをしている。魅力ある人を育てる社会からかけ離れていってる。

造り育てあう人と出会うのはとても大変です。自分をさらけ出し、もがき、泣き、笑い、叫び、苦しみ、楽しみ、・・・・ずっと子供のようにほしいものを我慢せず、包み隠さず、さらけ出せば、自然と、自分にとって大事な人がそばにいます。価値観の違う人や敵もしっかり見えてきます。

私の入居者の素敵なSご夫婦が二人で作った庭をご紹介します。