F大工と早朝から佐賀のマンションリニュアルM邸にいきました。今月中に完成予定です。モールや造作家具にこだわり、マンションライフには考えられないような住まいになると思います。帰りが昼ごろになり、祝日でもあるので以前ラジオで「古湯温泉の共同浴場にある食堂のちゃんぽんがうまい。」という情報を思い出し、少し遠周りになりますが行きました。昭和の田舎の食堂そのもので、高倉健がでてきそうな雰囲気です。おいちゃん、おばちゃん二人で十時から三時までの営業と書いてあります。白いスープのちゃんぽんは絶品とまでは言いませんが、野菜もしゃきしゃきして、めんもおいしくいただきました。ラーメン通のF大工も焼き飯ともどもスープまで完食してました。「ちゃんぽんも替え玉があればいいですねー。」といつもどうりぼそぼそと、わけのわからないことをいってました。
カテゴリー: 福岡の輸入住宅
誕生日
誕生日が来ました。去年よりあきらかに老眼がすすんでます。髪の毛も去年の写真よりやや後退してます。物忘れはひどいものです。体力は落ちていますが、わがままは進化し続け、口うるささも健在です。やりたいことがいっぱいあって「人生というのは時間が足りない。」というのが口癖で、かちかちかちかちせっかち君とH,N両女史から命名されています。自分でも動いてないと落ち着かない性格だと自覚してます。誕生日を機にいろいろ改めるのをやめて、「腐れ爺」を目指そうと思います。いくつになっても「俺の目の黒いうちは・・・・。」「近頃の若い者は・・・。」といいながらまわりのスタッフに煙たがられながら家を作り続けたいものです。
しかしながら、好きな仕事ができ、H女史N女史が支えてくれ、オーナーからも助けられ、幸せに年を重ねていると感謝してます。ただみんなに迷惑をかけないだけの体の自己管理をはじめなくてはと思っている五十五歳です。
我欲
石原慎太郎の我欲発言が問題視されているようです。特に今回の地震、津波などが「我欲に対する天罰」といったことに対してマスコミが騒いでいるようです。私は,ここ二年、人と付き合って感じることは応援してくださったり、助けてくださったりする人のありがたさです。もちろん「自分で責任を取らない。」「相手のことを考えず自分の主張ばかりしていい条件を勝ち取ろうとする。」「我慢せず得する要求ばかりする。」こんな仕打ちに怒ったり、おちこんだりしたこともいくつかはありましたし、徐々にそんな人たちが増えてるようにも感じてます。政治家の顔や言葉が見えない今、みんなが同じ価値観と報道しかしない今、この発言にいい悪いは別にしてわたしはその本意を考えさせられました。「政治家やマスコミの我欲」の検証も含めて、発言の中身を自分なりに謙虚に受け止め整理したいと思います。家作りにおいてもわたしの経験上「我欲」の強い人は素敵な暮らしにたどり着いてないように感じます。
車中での会話
仕事でH女史やN女史と遠方に出かける時、車でいろんな話をします。この時間がすごく勉強になり、大事な時間です。家作りの経験や、いろいろなお客様とのエピソード、アメリカの思い出・・・・・・政治やスポーツ、グルメ、芸能等の時事ネタの感想、それぞれいろんな考え方や価値観がわかり、ジェネレーションギャップを強く感じるときもあれば、埋めてくれる時もあります。白熱した討論になる時もあり、それもまた楽しいものです。そして、会話を話しっぱなしにせず、「だから今後こうしていこう。」というひとつの結論を出して、プラス思考の頭に切り替えることが価値ある会話だと思います。まじめなことばかり話しているような書き方ですが、半分はバカ話です。H女史なんかは感心するほどの知識と感性で納得する話をしてくれる半面、車中の討論が一段落して腹が減ると、コンビニを見つけて上手に山下清になります。「ぼ、ぼ、ぼくは、お、おにぎりがほしいんだなー。」大笑いさせてくれます。山下清になったのは普通のおにぎりではなくジャンボおにぎりの要求です。いろいろな物まねの武器をもっていて、照れてあやまるる時は「皆々様方もうーしわけけございません。のどくろーあめ。」瀬川英子になります。
被災者から教えられた日本人としての誇り
すさまじい地震、津波が起こったものです。ここ数日映像からの情報を見続けるだけで、何度も「何じゃこらー」と心で叫んでます。言葉にする言葉が見つからないほどの災害です。九州にいながらも何かやらなければと思い、仕事で訪れていた佐賀でポケットの小銭を義援金箱にいれ、受け付けられる支援品のリストをもらって帰り、今用意しています。とにかく今はみんなでできることを動く時です。被災者の皆さんはこの非常事態に暴動を起こすどころか、日本人として冷静に我慢強く行動し、話されていることを海外のメディアは驚きの目で賞賛しています。そのなかでも私が驚いたのはあの中国が「中国はGDPで日本を抜いたが、この日本国民の教養ある行動は六十年たってもまねできないだろう。」と言っていることです。「怒声や暴力、暴動からはいい結果は生まれない。」・・・・・・・・日本人として、人として、誇りをもって助けあう行動したいものです。
住まいと情報
最近、新築の計画が少なくなり、増改築の計画が多くなりました。どちらもデザイン性豊かで、リーズナブルなものを望んでいらっしゃるのですが、インターネットをはじめ情報が氾濫しすぎて、自分にとって何が必要で、正しい情報なのかわからなくなり、住まい作りの本質と違うところで悩んでいらっしゃる方が多いように感じます。オーナーが住まいの材料や性能品単体の情報にまで入って行って、知識がセミプロ的になると情報に縛られて正しい判断ができないことがあります。その判断をするためにまた別の情報を見つける作業をして時間ばかりが過ぎて行き、整理がつかなくなってしまうことが多々あります。どんな住まいにして、どう素敵に暮らしたいかを、プロと楽しく話し、伝えることが一番大事です。我々はそうしてもらうことで、総合的に判断してオンリーワンの責任がもてる情報を提供できると思ってます。買ってもらうためのコマーシャル情報、私的見解情報、総合的情報などはけっして全てが正しい情報ではないのです。
久留米と佐賀のリニューアル現場
久留米の古い住宅をリニューアル中です。室内の壁はジュラクです。強く触るとぼろぼろと落ちて、小さい時、壁にボールを投げたりしてよく怒られてたのを懐かしく思い出します。その壁はそのままに、上から大壁を作り、洋館を作る予定です。
佐賀のマンションはF大工の巧みの技でモールやパネル等、造作が進んでます。部屋の真ん中に冷蔵庫置き場をつくり、その壁をインテリアの主役にするという大胆で、おもしろい改造です。F大工もいつになく雄弁で、張り切ってくれてます。
N女史が今日うすいピンク、濃いピンク、ショッキングピンク・・・・・・ピンクづくしの洋服で出社です。「なんだか気分が重かったので、家中のピンクを着てみました。」と、ドヤ顔です。春になり陽気がよくなるとおかしなのがでてきます。オオヤマサコを思い出しました。勘弁してください。
天神似合わない
高速の無料化で質の高い住環境を
市街地に住みたいひとが多いのは、素敵な住まいより利便性を重視しているようです。凄く高いお金で居心地の悪い狭い空間に住み、疲れているように感じます。自然に囲まれ、広々とした豊かな生活を好む欧米人は、ダウンタウンに住みたいとは思わないようです。そこはビジネスの場所であり、働くところという認識のようです。郊外の素敵な住宅地に住み、ダウンタウンやショッピングモールに無料の高速で走る。このような都市計画を確立すれば、都市圏が広がり、地域格差も少なくなり、安い価格で不便なく、質の高い住まいが供給できると思います。ダウンタウン、工場地域、流通基地、ショッピングモール、文化施設エリア、住まいのエリアを無料の高速で結ぶことができれば、町は「活性化」するとおもいませんか。?
福岡で言うと、今近い田舎として閑散としている、雷山、美奈宜の杜、耳納、背振,那珂川、糸島、広川、八女等が安くて素敵な住宅地になるはずです。今の別荘地が、お洒落な住宅地になるべきです。
博多駅の思い出
博多駅ビルがオープンして、ニュースなどを見ると大変な盛況のようです。近じか行ってみようと思います。私の亡くなったオヤジは船乗りで、博多と対馬を行き来してました。小学校の夏休み、春休みとかは親父に連れられ博多に来るのを楽しみにしてました。。そのなかでも、子供の私には博多駅の大きさ、広さに驚き、汽車を見ながらご飯を食べさせてもらうのが何よりの喜びで、井筒屋デパート、みやげ物屋など、ものめずらしく、一日遊べたものです。諫早の高校で下宿生活を送っていた時は、帰省はいつも夜行列車で、早朝五時に博多駅についてうどんを食べて築港の船乗り場まで歩いてました。冬は寒くていやだった思い出があります。学生時代の遠距離恋愛の待ち合わせ場所も博多駅でした。子供たちとの食事も私にとっては天神なんかより博多駅に足が向くのです。
新しい駅ビルになっても思い出多き博多駅を続けていきたいと思います。
博多駅、川端商店街、博多パラダイス,平和台球場、大濠公園・・・・・。子供の頃の思い出の場所です。









