ヨイトマケの唄

ヨイトマケの唄が再評価されているようです。いろんなとらえ方があるでしょうが、大人が大人でしかできないことを必死でやることが、子育てということでしょう。暇で、やることのない親は、子供の塾や学校や倶楽部に一緒になって付きまとい、子供以上に必死になり、子に媚びて、仲間に入れてもらっているように見えるのは私だけでしょうか?。学校もそんな親に媚びて、親を都合よく利用し、まったく、大人らしいことができない大人に育てられれば、自立や決断ができる子供が育つはずもありません。今日昼仕事帰り、百道ランプを降りると、道に、すごい数の乗用車、バス等、ハザードをつけて駐車していて大渋滞です。なんだと思いきや西南中学の入試が終わりかけで、お迎えの車らしいのです。暇で、ひとのめいわくも考えないバカ親の多いこと……。入試ぐらい自分で完結できない子供に育てたのもそんな親だからに違いない。子供の肩を抱き入試に付き添う母親を恥ずかしいと思う子供であれといいたい。西南は西警察署に協力依頼を事前に出してたらしいのですが、受けた警察は交番にも連絡してなく、怠慢です。これまたバカ警察です。くだらない取り締まりより、こっちが大事でしょ。全く先が思いやられます。大人のすごさを子供に見せず、友達になって何でも言うことを聞いてやる親は、先で子も親も自滅するでしょう。そこに本当の愛情や、尊敬は存在しません。全てにおいて大人の必死さが大事な時代です。