こんなことでもめるなよ。

震災から3年。今東北の各地では行政により13メートルとかいう大防波堤を作る計画が進んでいるらしい。地元の人は海が見えない、漁ができない、景観を損ねる・・・・・・・・反対者が多いと聞きます。私も対馬という離島の漁師町で生まれ育ったからよくわかりますが、海が生活です。海のそばで暮らすリスクは覚悟の上です。海があっての人生です。防災なんてものは、出会った大災害の後からやるものではなく、人のこころに生き方や覚悟を植え付けるものです。粛々と震災前の海と暮らす生活に戻るべきです。災害にあわないことだけ考えると、大きなドームの中にコミュニティーを作り、海や空はなく、雨やお日様もなく、すべて人工の空間を目指すべきです。頑丈な宇宙ステーションみたいなものです。台風も、大雨も、雪も、排除です。それで幸せかどうかは別問題です。わたしはそんな安全いりません。山の近くは山で暮らすリスク、雪の地方は雪国で暮らすリスクをしょって、それでもその土地を愛し、猛威を振るうかもしれない自然も愛するのです。東北もみんな住民が海を眺め、海に集まり、海で生業を立てる日々を望んでいると感じます。役人や政治家の頭の中は、公共事業や利権や、責任問題やくだらないものばかりです。感性や情緒・・・・・花鳥風月何ぞわからないのですから。よく政治のプロという人がいますが、政治にプロはいりません。あったらおかしい。人間が一番人間らしく暮らす最低限の手伝いが政治でなくてはならないはずです。われわれも生活の多くは自己責任で、国や政府や役人に多くを望まない代わりに、基本政治はボランティアであるべきです。

こんな町住みたくない。