糸島M邸は今、外壁通気層工事、断熱材工事中です。今日は大工、監督、輸入部材屋、我々、オーナー、全員集合でモールやタイルの確認打ち合わせです。ディティールを細かく決めることができました。みんなで決めればいろんな意見が出て、知識の共有もでき、打ち合わせが充実します。しかしコロナの影響でショールームがクローズです。困ったものです。こういうときこそいつもより動いてコーディネートしていきます。来週半ばから外の塗装に入ります。現場はいつも学ぶものがあります。私の仕事は寸法を決めて伝えることと空間のバランスを見て修正すべきはして決定することです。経験と勘が答えをくれます。
ゆとりとは
ゆとりとはどういうことなんだろう。のんびりということなのか、余裕を持つということなのか、どうも私のようにせっかちで、じっとしてることがもったいないと思う人間にはなじみません。ゆとり教育というもので育った人間は大体が昼行灯のようなやつが多いように思います。『しゃきっとせんか。』といいたくなります。とにかく働けと教えられましたから、週休2日、有給休暇、育児休暇など信じられません。若くして、ユーチュウバーなどという恥ずかしい仕事で金を稼いだり、株や、投資で働かず、生活をしている連中をうらやましいとも思いません。『狭いながらも楽しい我が家」という精神が好きです。人が寄り、依頼が来て、必要とされ、喜んでもらえる仕事ができる。ゆとりがない忙しい日常が幸せです。
自分をもてあます。
ステイホームで自分をもてあまし、ストレスをためてる人が多いようです。私が考えるに、子供のころの田舎の日常生活は今のステイホームの生活だったように思います。今田舎のおばに電話しても「こっちは別に何もなく普段どおりよ。」といってます。大人に対し子供に諭すようにとにかく家にいなさいというアナウンスをされることにやや腹立たしさを覚えます。感染リスクの少ない行動を自己責任で行える人がそんなに少ないのでしょうか。生活はいつのときもバランスです。そのバランスは人との共存の中で自己責任で考えるべきものです。いろんな情報を自己分析してがんばりましょう。ストレスは自分しか解消できません。いまパチンコなんかやる連中は語るに値しません。行く理由として『暇でやることないから。」といってるのを聞いて『だめじゃこりゃ。』
癒し
事務所と現場の日常です。飲食店もほとんど開いておらず、医療現場で働く娘とともに弁当です。糸島や宗像、佐世保など動くことでこもるよりドライブ気分で発散しています。唐津の夕日と棚田に出会いました。子供、友人やご入居者にメールで写真を送るとみな喜んでくれました。日本のいい風景です。自然があいまって出会える絶景は何よりの癒しです。風景を見てわれわれが作ってきた日常は、経済は、町は、教育はなんだかつまらなくさえ感じます。コロナ災難でこの国の欠落してるものが見えてます。必要以上の経済活動と、それの金に乗っかる政治がすべてをぶち壊しているのかも。大昔の政から人間は進歩せず、科学だけが進んだようです。夕陽の棚田はいろんなことを考えさせてくれました。
地図
私は地図が大好きです。地図を見てるとわくわくします。飽きることなくいろんな発見があります。東京などの地図を見てるとそれぞれの町の位置関係や、有名建物の場所、鉄道、・・・・。高速のパーキングで地図をもらって九州、中国、近畿など今度どこに行こうかと思いをめぐらせます。東北と、北陸に今、目を奪われます。仕事で一般の人より多くの場所に訪れてますが「どこかいきたい。」という欲求は年をとるごとに増しています。今では地図より、パソコンや携帯で情報を仕入れてピンポイントで旅行しているようですが広範囲の地図が語りかける、鉄道、道、山、海、湖、川、町同士の関係、城や寺院仏閣と歴史のかかわりすら地図で遊べます。戦国の時代に思いをはせることができます。夏に向けて沖縄などの島々を見てると台湾との近さ、尖閣諸島の場所、大昔の人や文化の流れも見えてきます。もちろん戦争のことも。アナログの地図で行く旅行は線で結ばれ、デジタルのパソコン情報で行く旅行は点ということになります。
うれしい電話
ものの考え方
私は今でも、図面やパースは手書きです。パソコンが苦手というより、パソコンが普及したころ、お客様との打ち合わせや、図面、現場と忙しく動き、マスターする時間もなかったように思います。いいか悪いかは別にして、忙しく仕事をすることで経験や実績でデザインを覚えました。私の業界ではすごいパソコンの使い手はそれほどいいデザインはできていないようにおもいます。パソコンをマスターすることに価値観があり、それが主役でいいデザインは脇役のようです。いいデザインができるようになるには、多くの資格を取る勉強や、パソコンを覚えたり、専門学校にかようことと思い込んでる人が多いと思います。ものの考え方が違います。それは手段であり、目標ではありません。師弟関係の中で仕事をしながら覚えていくことが職人の世界です。デザイン屋も同じです。
ボランティアとは?
ボランティアとは自発的に社会に奉仕する人、又は活動である。基本理念の一つは自発である。自発的な奉仕活動ですからボランティアを行う人が人の意見に耳を傾けなかったり、できない理由に『ボランティアだから』という、言い訳は反則です。自分たちは今どのようなことでコミュニティーの役に立ち、ただしい奉仕を行い、喜んでいただいてるのかの検証が大事です。十分な説明や話し合い、いつでも意見を聞く門戸を開き、よりよいコミュニティー活動を行う努力が必要です。トラブルや不満や疑念を持つ人が多いのであればもはやボランティアではなくなります。われわれもボランティアを行うことがありますが好きでやりたくてやります。ボランティアはぎすぎすするものでもなくいつも対象者とコミュニケーションが取れているものでなければなりません。話の途中で、忙しいからといって電話を切ったり、理解しあうことなく、書類とメールでの結果のやり取りは悲しいものがあります。もちろん、忙しく大変な中での活動でしょうが、許認可を抱えているボランティアはなおさら再考されることを望みます。えらそうな事ばかりですみません。
完成写真
わたしの家作りはアナログです。
われわれの家作りのやり方はオーナーと打ち合わせ、提案は自分の手で図面を書き、パースを書き、マテルアルの選択や修まりも手で書くことで、何をしたいか、を伝えます。それがオーナーの方々に信頼いただき、ほかにない家作りとして評価いただいています。また施工中でも原案よりいいデザインになると思えばオーナーの許可のもと、すぐ変更し、よりよいものにします。その仕事のやり方にだめだしするひとがいます。何もわかってなく何の知識も実績もない人です。笑うしかありません。日本の一般的なキャドソフトに日本の材料を入れてキャドを打つと勝手に機械が自動で図面もパースも作り、機械の中の色を選択するようです。使ってもらうため材料屋が作ることも多いようです。どの方向,高さからも絵が出てきますが、べたっとした悲しいものです。どの会社も同じ使いやすい『素人でもできる』といううたい文句のキャドを使い図面やパースを作り、現に悲しい家が街中に充満しています。デザインのプロであるならこんなゲームみたいなキャドソフトは使いません。まず最低50分の1の平面図と、全面のファサードでバランスの検証か必要です。キャドだけ触る昨今建築家やコーディネーターが育ってない原因でもあります。ローコスト住宅や規格住宅、プレハブ住宅などは製品を作って売っているのですからデジタルでいいでしょう。われわれはオンリーワンのこだわり住宅であり、美しい家を作ることを信念にしています。まだまだ力不足ですが努力を続けます。特別な家やコミュニティーを検証する人たちは機械で作った絵を見て良いの悪いの言う寂しいことをせず、みんなでまず住宅を勉強をすることが大事だと思います。そうでなければ信頼置けるプロに委託されるべきだと思います。多くの人の意見を真摯に素直に聞く度量を持つべきです。