仕事馬鹿

今の人たちは我々とは比べ物にならないくらい頭がいいと思います。それはパソコンでの情報収集で多くの知識を身に着け、個人で多くの仕事ができます。仕事も遊びも機械から情報をもらい、機械を使ったユーチューバーなど子供のあこがれです。私の育った漁師町は、漁師馬鹿がたくさんいて、浜にみんな出ては、漁の話ばかりです。それは結婚式や葬式の時も酒を飲みながら漁の自慢話です。私が設計事務所に入社したときは、皆、建築馬鹿で大先生の作品についても評論しながら酒を酌み交わしてました。今はというと、そういう人は胡散臭いと思われ、パソコンで効率よく仕事を終わらせて、株をはじめとする投資に一生懸命になり、家に帰り家族サービス。何が損得かもすぐ調べるこできるのですから、パソコンやアイフォンは何より必需品です。ひとつの仕事に一生懸命になる仕事馬鹿は誉め言葉だった時代は終わり、一つの仕事しかできない人はダメな人になり、自分流の努力は効率が悪く機械に頼ることでたくさんのことに手を出せる時代のようです。人の個性が見えなくなり、どの仕事も60点程度で、十分という感覚のようです。上を目指すことはダサいことだといいます。ひとつしかできない仕事馬鹿は面白い人は多いと思いますが、皆貧乏であることも間違いありません。 子供は働く親の背中を見せて育てる時代も終わり、、自分の子供を○○ちゃん、○○君と猫なで声で優しく呼んで、げんこつもなく、ぐするとアイフォン渡している光景をよく見ます。子供も大人も機械で生きてます。