人の情報

やはり日本は成熟しない幼い国にしか見えません。新紙幣の報道を全マスコミが流し、それを見て、みな銀行に殺到して手にして喜び、その様子をまたマスコミが流す。暇なのか人からの情報が無いと自分ではなにもできないのか。サッカーで勝つと渋谷スクランブルでバカ騒ぎ、ハロウィンも同じことです。それをまたマスコミが流す。とにかく何か情報を見つけ、理由をつけ、行動し、弱いものを見つけると何も知らないままよってたかって、みんなでいたぶる。大人になれない国民はマスコミ、SNSにいいように利用され、人からの情報で右往左往するだけのようです。「もっともっと必死で働け。」といいたくなります。働かないと食えない国がいい国だと思います。自分の経験と行動、人脈と決断から必要な情報は手に入れるものです。多大な金を使い新紙幣を作る必要などまったくありません。キャッシュレスにも反対ですが新紙幣について岸田さんの言ってることがわかりません。老人のたんす預金のあぶりだしが本当のところでしょう。もっとお金が必要なところがあるでしょう。そんなことも知らんのか政治屋さん、役人さん。能登は泣いている。

仕事の考え方

私は今、幸せな仕事をさせていただいてます。幸せというのは楽とか、儲かるという意味ではなく、やりがいのあるレベルの高いことを依頼いただき、仕事させていただいています。以前の会社で上手に使われたり、理不尽な苦労を押し付けられたりした時期もありましたが、今、オーナーや仲間から助けられて、自分の考えていた家作りの道をまい進できてます。どの職業であれ働き方は本人の生き方です。公務員や銀行、大企業などで安定と安心を求める人、起業して自分の夢ややりたいことにチャレンジし続ける人。自分にあった仕事を見出せないという理由で、自分探しに時間を費やし、結局アルバイトや派遣に身を置く人。どこに身をおこうと伊集院静が言うように、人は何かを抱え、戦いながら平然と生きています。それでも魅力的な人は、チャレンジし続けてる人です。ギャンブルのような生き方、早期リタイアを目標にする人、権利に守られてやる仕事、・・・・。わたしの性にあいません。人の役にたってこそ仕事です。働く姿は両親が理想です。毎朝仏壇に手を合わせ仕事に行きます。

 

我家です。 

門司の調査

ご紹介いただいた築50年のコンクリート住宅の屋根、軒天、外壁、窓コーキングの施工調査を行いました。雨漏りでかなりダメージを受けてます。とくにいつもの屋根屋はかなりの調査を時間をかけて行った結果、コンクリートに穴を開けてシングル用のセメントで張る方法のようです。われわれはデザイン屋ですが、仲間の職人のおかげで的確な施工をしてくれるといってくださる方が多くメンテがうまくいってないお客様からの依頼が多くなってます。梅雨明けに本格的に工事に入ります。建築はデザイン屋と職人と監督と材料屋、そしてオーナーとの協同作品です。みんなで話し合い結論を出しながら進みます。ワッセナーの協定委員長の家のように度素人が集まりすべてごまかして造っていく家は悲しい結末になります。誰が申請して誰が作って誰がオーナーで誰が許可したか。驚く事実です。委員会は何もわかろうとせず、何もわからず、協定違反は委員長ですよ。政治家の裏金問題で、知らず存ぜずと同じで、口を開かず、答えず乗り切ろうとしているようです

 

またもや会うことを拒否

ワッセナー技術センターを通し、前向きに住民の皆さんが納得するいい町にするべく話し合いを申し入れましたが、相変わらず、直接連絡することも、話し合うことも拒否されてます。たかだか自治会です。住民が暮らしやすくいい街にするために動かないと存在意味がありません。ちまたのうわさどおり、前委員に反対された自宅の計画を、自分が委員になって自分で許可をするためだけのようです。現に、立ってる家を見ると、自分以外誰も許可しないでしょう。今の委員の見解は前回のブログのとおり、自分の家はいいが、我々の今までの作品は協定違反ということになります。そのことにも会わず、答えずです。もう自治会のテイをなしてません。たぶん自分の家ができるので、来年2月ころ委員をやめてトンズラという考えでしょう。協定書の監修は私がやったとマニュアルには書いてます。もしそうならあなたたちが協定を守っていないことになりませんか。ただ私は監修などしていません。ずっとそのうその文言をはずす要求をしてきましたが何の連絡も答えも無く放置です。今回技術センターが申し入れをしてくれるようですが、何の権限も無いのでどうなるかわからないそうです。いいます。バカがよってたかってバカの理屈で自治をやると、バカな町になるしかありません。ハウステンボスはこんな連中がすき放題やっているのかとおもうと残念です。

 

これでいいのか?

住宅建築デザインをするとき大事なことは形として残るわけですから、本音で話し、できた家に責任を持つということです。昨日ワッセナー技術センターの方々と話すことができました。おかしなこと理不尽なことをh話し、よりよい街にしてほしい旨を提唱しました。委員会の責任ないご都合主義の振る舞いに多くの人が疑問を持っています。会わない、答えない、しゃべらないという対応です。いい町をつくろう守ろうという気持ちはまったく見受けられません。私の作品は委員会の結論は今では協定違反になるようです。黙っておれません。今委員長の建築中の家が、ワッセナーにふさわしく、協定に違反していないとすればこの街はいずれゴーストタウンになるでしょう。私には建売ローコスト住宅か、倉庫にしか見えません。再度の面談を委員長、副委員長に申し入れしていただくように技術センターにおねがいしました。理不尽や怒りには断固声を上げます。委員長が承認した自分の家は私から見ると協定とか理屈とかではなく、この地に建ててはいけません。そう思ってる人は少なくありません。

 

ここからが我々の今までの作品の一部です。委員会は今はこの家はすべて違反のレッテルです。

 

 

水巻、東区

水巻で監督,棟梁、塗装屋、オーナーも含め打合せでした。グレーの破風、軒天が塗られ渋くいい感じです。外壁の石も見ていただき、喜んでもらいました。猫の居場所もガレージの中二階に作り面白い空間です。病院の改装打合せも行いました。いろんなアイディアを話し合うことでまとまります。東区の家は来月6日地鎮祭の予定です、着工前打合せも同時に行います。草刈、転圧を行い、近隣挨拶も工務店とともに行ってます。梅雨に入り天気が心配ですが、がんばります。博多湾に能古島、行きかう船、いい風も吹いて気持ちいい現場です。みんなどのオーナーも喜んでいただき、わくわくしながら笑顔です。しかしワッセナーのオーナーだけが理不尽な扱いを受け、レベルの低い委員会の連中に私も含めかなりのストレスを受けてます。気の毒でなりません。委員会の連中の現在建築中の家は決まりを守らないどころか、ワッセナーにふさわしく高級感あるもでなくてはならない。とありますが、みっともないひどいデザインで、安い国内製品のオンパレードです。彼らがいう違反で増改築もやって、どれがすばらしい家かさえわからないほど感性が欠落してるようです。われわれの作品にははこんなひどい家は一軒もありません。この連中がなにをとやかく言うのか、いえるのか皆さんに見てもらいたいくらいです。もう、大人と子供ほどの差があるのです。くだらない理屈よりとにかくワッセナーにふさわしい素敵な家かどうかです。逃げるだけの連中には弁護士が必要なのかもしれません。こんなひどいあつかいはほっとくわけには行きません。

 

オーナーとのお話

家作りや、輸入部材などの打合せはもちろんですが、ご入居者とはいろんなおはなしをします。情報交換であり、世間話でもあります。この時間がとても大事でアドバイスをいただいたり、時にはお手伝いしたり、アイディアを話し合うことでより深い関係が築けます。医療のこと、政治、金融、経済、テレビ、本、海外情報、・・・多岐にわたります。その中で最近おもしろいはなしをききました。『今の銀行員は、低金利が続いたことでお金を貸して利息をいただくことが銀行の商売だとおもってない。銀行は何をする会社かがはっきりしなくなりつつある。」なるほど。投資のコマーシャルばかりですし、最近までカブに乗って来てた銀行の担当者なるものをトンと見なくなり、なんだか金融機関は遠い存在になりました。こんなことを言う人もいました。「年を重ねても、いやらしい写真や映像に目が言ったり、うまいものがもっと食いたいという欲求がある老人は、まだまだ死なない。」なるほど。面白い。『夜中でも、アイフォンがなり、ソフトバンクや楽天や、いろんな嫌いなやつらから、必要ない、くだらないメールの攻撃が来る。道徳が無くなった。こいつらと戦う準備をしとこうと思う。負けんぞ。機械ができて便利になったのだろうが、必要ない便利さで、多くの殺人、詐欺、など犯罪も非常に多い。』ユニークな人も多く、面白いのですが、「若い人はすごいなー。太刀打ちできん。こんな考えもあるのかと思うことが多い。謙虚に教えを請いながら生きていこう。』という人も少なくありません。まあ、楽しむことが何よりです。「政治もわかいひとにまかせよう。今より悪くなることは無いだろう。」

 

披露山庭園住宅

逗子にあるこの歴史ある別荘地は、日本一の高級別荘地と呼ばれ、セレブや多くの著名人に愛され続けています。われわれも一度依頼を受けたことがあります。住宅の規模も大きく、相模湾や富士山を眺められるロケーションはすばらしいものがあります。ここの住宅地の委員会には感心します。『ご入居者には敬意を払い、大事な仲間であるとかかれてます。オーナーには委員会は謙虚に迅速に事前相談、打合せを行い、不公平なく納得して喜んでいただけるように動くことが委員会の役目だともかかれています。よりよくするための会議がいつも行われ、住民参加の楽しいイベントや地域ともかかわっていこうとしています。建築コンサルタントが常に打合せに同席し、決まりごとの説明とともに、いろいろアイディアやデザインを提供してくれます。よりよく時代にあった町にすべきだとも言ってます。当然費用は発生しますが、わずかなものです。今、軽井沢や、熱海、ニセコなどすごい住宅地ができてますが、いつもここの運営をお手本にしてるようです。どこぞの住宅地のように知識も無いド素人だけで勘違いして支離滅裂で間違った運営をしてると、遅かれ早かれその住宅地は若い勢いのある人からは敬遠され、老人だけの哀れなすさみ方ををして消えていく羽目になります。東京であった若い経営者はその別荘地を時代遅れのゴーストタウンと呼んでました。事前相談も受け付けず、良い意見も無視し話し合いにも応ぜず、よりよくしようなどとはさらさら思ってなく、自分たちだけの老害会です。私から見て、神戸六麓荘などは、大手住宅会社や新建材の家などが町の景観を崩しつつあります。デザインのプロが排除され、住民が小さな権力を持ったと勘違いすると、ろくなことはありません。

いまどきの価値観

若い夫婦は男も女も同等に家事をやり、子育てをし、聞こえる会話は「ありがとう。」と「ごめんね。」「わかった。」がほとんどで、中身がありません。それがいい夫婦と考えてるようです。頭をひねります。子供と親の関係も、『友達のような親子』を目指しているようです。自分の子供をチャン付けで呼び,わがままにも叱らないようです。本当の善悪など教えることはありません。ここでも中身をほっといて表面上の仲良しでごまかしているように見えます。夫婦や、親子は演じて守る関係ではなく、成長する関係であるべきです。波風が立たないことはいいことではありません。息子の嫁でも私の子供です。呼び捨てで親として本音で接します。本気でしかるし、かわいがります。仲良く見せるだけではなく、喜怒哀楽をぶつけ合えることが本物のなか良しです。尊敬できる関係で痛いものです。

 

すばらしい言葉

家作りを通して、オーナーのさりげない一言がうれしくなります。。何人かの奥様が『なぜだかなんだかわからんけど、小澤さんたちが作る家は素敵なのよねー。明らかにほかと違う。」といっていただけます。「いい物を使って建てとくと、年月がたっても古く感じずいい味が出ますね。」『セントラルのおかげだけでなく、空間や、インテリアなど好きなものに囲まれて快適にうれしく暮らせてますよ。」最近引き渡した奥様は「仕事や、飲み会でどんな遅くなっても、家に帰りたくなります。そのほうがうれしくて元気になります。」『実家を素敵に建ててもらったんですけど、わずかしか住めなかったので今、家庭を持って、小澤さんたちが作る家にすみたいんです。」『どこから見ても外観はかっこいいし、家具や照明やクロスはプロの技です。」コーディネーターへの賛辞や信頼も多くいただきます。『何でも知ってて答えがすぐ返ってくることがおどろきです。」「案内していただいたお宅は、建物はもちろんすばらしいけど、住んでらっしゃる人が満足されてて素敵な方ばかりですね。」・・・ありがたいお付き合いが長く続いてます。そして約30年たってリニューアルのお話や、お子さんの家、別荘やクリニックや店舗など、依頼をいただいてます。幸せな仕事をさせていただいてます。お互い本音で話し、本音で家を作ることが大事です。