一日病院

4つの病院にかかり、昨日は国立と山王で一日つぶれました。国立は目です。検査後、器具に囲まれ、たくさん点眼された後、眼球注射です。痛いより、怖いのと、吐き気がします。再度点眼と軟膏を塗られ、眼帯です。頭も顔も24時間洗えません。2時間置いて山王で肝臓のCT検査です。『これに着替えてください。」といわれた検査着が小さくてはいらず、パンツ一丁で検査です。終わった後、看護師さんに「検査着小さすぎやろ。」というと、笑いながら「小澤さんが大きすぎるのかもしれませんね。』と返されました。無事診察も終わりました。すごく忙しいコーディネーターなのに、私が片目で運転ができず、送ってもらったり、迎えに来てもらったり、薬局にいってもらったりで、助かります。ひょっとして、これもう職場介護かもしれません。娘が仕事帰り夜遅く『迎えに行こうか。」と電話をくれました。みんなに助けられてます。娘から、『当たり前に年を取るいうことはありがたく、幸せなことよ。」といわれました。

この仕事が天職?

多くのご入居者や仲間から「小澤さんはこの仕事が天職ですね。」『大好きなことを仕事にできてうらやましいです。」といってくださいます。たまたまでしょうが中学校2年のとき、『技術家庭』の先生に「お前は建築家に向いてると思う。」といわれ、意識するようになりました。島育ちの私は親父の船で福岡に来て、町を歩くのは好きでしたが、それ以上でも以下でもありません。大学の頃は意識してただけに、『建築家なんか俺には向いてない。』と思うことが多かったように思います。約45年ただ目の前にある仕事を一生懸命やってきてたら、途中途中で大事な人に会い、いい建物を見て、いいお客さんに育ててもらい、好きになって行きました。今までの人生の多くは家作りの中にあります。でもまだまだ未熟です。まだ勉強します。そしてもっといい作品を作りたい。その行為を続けて素敵な財産が生まれることを知りました。オーナーとコーディネーターとで作る幸せがまだまだ続くことを望みます。人生の終わりに天職だったかの答えが出ると思っています。

健全な怒り

国会中継やニュースを見ても、政治家には怒りしかわかず、罵倒したくなります。世の中の最低の職業になってしまったようです。調子の言い言葉と汚い裏金、逃げ惑う態度、金にしか価値を見出せない情けない連中です。これによく似たじい様連中がワッセナー協定委員会の面々です。素人を武器に好き勝手にやっては人の財産を食いつぶします。政治家と同じで、質問にも答えず、都合が悪いことにはだんまりを押しとうす。自分たちの結論に説明もできない無教養。許すわけには行かない。競争相手が無いためか、自分たちの都合で物事を進める多くの公務員。「住民や国民の奉仕者」などと考えてることは無く、安定してる。首にならない。休みも多く、退職金や定年後の仕事もある。魅力の無い連中です。男気より、学校で教わった屁理屈を駆使する人に怒りを感じます。戦いながら生きていきます。逃げても追いかけていきます。理不尽な要求をする人もいます。息子が言うように、『文句があるならどっからでもかかって来い。』の精神が大事です。そういえる生き方をします。

 

帝国ホテル、フランクロイドライト

東京のお客様の打合せに行きました。思いのほか安く取れたので帝国ホテルに宿泊しました。さすがすべてに申し分が無い接客でした。いまどきの無機質なホテルには無い、歴史と、伝統と重厚なたたずまいがうれしくなります。帝国ホテルといえばライトです。当時の写真や家具や模型が展示されていて良い時間を過ごしました。渋沢栄一の指示で造られたとは知りませんでした。抜群のバランスはうっとりします。彼を上回る建築デザインはいまだ見れません。ホールの花、喫茶室の壁タイル、水周りの落ち着き、各フロアーにいるコンシェルジュの対応また訪れたくなります。今日はホテルからお礼のメールが届きました。

 

 

お世辞が無い世界

私は対馬という島で育ち、漁師町でした。気性が荒いということもありますが、声が大きく、本音で思ったことを話します。海の上、それも船のエンジンの音で小声では聞き取れず、命を張った仕事なのでお世辞なんか言ってられないということもあるようです。多くの大人たちが身近で働くのを見て、生きていくのはすべて競争が基本でした。時化で漁に出れない日は海を見ながら若者から年寄りまで浜に出て話し込んでいました。この時間が「なんかいいなあ」と思っていたことを思い出します。自分の思ったことを口にできる社会でした。しかられたり、反論したり、時には喧嘩もすべて本音でした。今この世界がありません。北朝鮮と同じです。セクハラパワハラで縛られ、いいたいことも言わず、お世辞と手もみで仕事をし、パソコンとAIに操られ、テクニックで金儲け。人と人の競争はなくなりました。子供の運動会も1等賞はないそうです。ワッセナーの協定委員会のジイ様たちは質問にも相談にも答えず、違った意見があってもその場の雰囲気が悪くなるということで、黙る。こいつらの存在意義は無い。北朝鮮にでもいって生活するほうがあんたらにはお似合いです。

 

年寄りの証拠

コーディネーターがいろいろ言います。毎朝夕の薬の量が半端でなくこれを時々忘れて現場に行くと「物忘れが多くなりましたね。」お客様や、職人の名前だ出ず、「あの人、あの人」と思い出そうと必死のとき、そっと小声で「アルツハイマー発症。」足が悪く病院に通ってもなかなか改善せず空港の中や東京での駅移動が大変です。「もうすぐ車椅子ですかねー。でも私押しませんよ。」私の顔を見て「どうして年取ると、鼻毛や耳毛が大量に生えるんでしょう。頭の毛は薄くなるのに。」「耳も聞こえてないときが多いのに、悪口は聞こえますよね。」私が口うるさく、怒ると、「年とって頑固爺になってますよ。詩織(娘)にきてもらってしつけてもらいますよ。」私は娘には弱いので顔が見えるとおとなしくなります。トイレの回数が頻尿で多くなると、「社長、トイレはいいですか。」とパーキング毎に声をかけ、トイレから帰ってくると「漏らしてないですか?正直に言ってください。」とふざけます。アテント用意しますよ。といいながら本当に車の中に緊急用を入れてました。たぶん若いとき、私が厳しく好き勝手に振舞ってた仕返しのようです。ただし仕事についてはまだきちんと認めてくれてるようです。彼女の仕事は多くのオーナーから認められ、間違いなく私より頼りにされてます。だんだん権力が移行していくことでしょう。いい年のとり方をしたいものです。こっちも工夫して都合が悪いときは、ぼけたふりをしながら頑張ります。爺さんばあさんの会社ですが、なかなかいい家作りますよ。

 

親父がいなくなった。

地震、雷、火事、親父と言えば子供にとって怖いものでした。今、親父がいないようです。そのせいで躾がなされてません。「パパ」ばかりで子供に気を使い、やさしさが売りのようです。子供にとって母親よりわがままが言える存在が父親ということでしょう。子供は母親にはいいかっこしたがるものです。生意気でわがままで、あいさつもできない残念な子供があふれてます。セクハラ、パワハラなど都合よく甘えられる言葉が先行して大人も子供も馬鹿になっているようです。会社を辞めたくなったら自分の口できちんと伝えることもせず、辞める代行屋に依頼するとは驚きです。おばあちゃんが作った漬物は食品衛生上お店で売れなくなるそうです。食中毒防止らしいです。悲しすぎる世の中です。手袋、帽子など作り手がビニールに覆われて作られた食い物なんかうまいわけがありません。くだらない時代になったものです。爺さんに、親父や叔父がびくびくしていた頃が懐かしく思います。でも私も含め親父は自慢でした。

ゴールデンウイーク

八女、熊本方面に用事がありゴールデンウイークらしい渋滞に巻き込まれました。倍の時間を要し、パーキングは入ることもままならず、大変でした。用事を終え、日奈久温泉の木造3階建て温泉旅館、金波楼を見に行きました。残念ながら庭も喫茶も、温泉も3時で終わりということで5分遅れで見れませんでしたが外観は見ました。この町は昭和で時間が止まり、寅さんが現れそうです。有名なちくわを買って帰りました。高速は渋滞が予想され、益城から、熊本空港、阿蘇神社と山道を走りました。スムーズです。神社の楼門を見たかったので、立ち寄りました。立派なものです。地震からの復旧に尽力されたご入居者のドクターにお会いしたくなりました。

うれしいことが続きます。

築15年のO様から連絡を頂、結婚してお子さんも生まれられたお嬢さんの家作りの相談がありました。家を作ってるころは制服の女の子が素敵なお母さんになってました。奥様は変わらず若々しくていつ伺ってもきれいにすんでいただいてます。できることは何なりとご協力させていただくつもりです。大阪からのエクステリア会社の社長は現地を見たり、ご入居者の庭を見たりと動いてくれました。いい提案を待ちます。佐世保L&Sの社長から米軍住宅の写真と記事が長崎新聞やヤフーに掲載されたメールを頂、楽しく見ました。いつもうれしい話をご連絡いただきます。世の中ゴールデンウイークです。しかし昔のようにエネルギッシュな人の動きが見受けられず、アイフォン片手の静かな混雑のように感じます。アイフォンを操れないと旅行も、町に出かけることも面白くないようです。ゆっくり仕事しながら、好きなものをおかずに事務所で過ごします。それもうれしい時間です。連休明けは水巻上棟式です。

 

日帰り出張の飛行機の中はほとんどアイフォン、パソコンを触り、機内のビデオを見、本を手にしてる人を見かけません。私だけ、伊集院静の本を見ていました。彼が亡くなり、前見た本の読み返しです。今では出版できないような文章も少なくありません。しかし実に面白く。大人の男のわがままや、昭和の親父の思いこみや、喧嘩っ早さや、身勝手な理論、それでいて感激屋で酒と女性とばくちが好きで痛快で愛された人です。自分をさらけ出すから多くの部数が売れたと思います。今は評論じみた本が多く、勉強して文章を書いてます。作家の人となりがわかりません。「そうか、本を読む人が極端に減って、魅力的な本を書く人も減ったんだ。』考えてみれば当たり前です、デザインがない変な家やマンションが多くなったのは、建築家ではなく、金もうけがすべての経済人が作るからでしょう。昼前水巻の現場に行ってきました。奥様とも話し、監督とも打合をしました。迫力ある家になってます。