監視社会になり、街中にカメラがたくさん設置され、車にもドライブレコーダー、何かを見つけて、動画配信、その動画を見てマスコミが騒ぎ、好き勝手な評論、週刊誌はしつこくターゲットを追い回し、いじめの対象を見つけてみんなでこきおろす・・・・・。「昔は許されても今はだめですよ。時代が違う。」・・・・カメラのない社会がいい社会のはずが、カメラ設置を推奨し、時代を語って頓珍漢なことをいう恥ずかしい社会です。機械は進化させられても、ひとが怠け、堕落しているのですからいい世の中になるはずはありません。人間教育してから機械を与えればいいものを、馬鹿に機械を与えたのですからこんなくだらない世になって当然です。時代が違うのではなく、明らかに、人が違います。教養もなく、働かずして、楽しくその日暮らしをのぞむ人ばかりです。
名をなのるのが礼儀
「名をなのれ」時代劇の言葉ですが、今この言葉が必要です。自分の名を隠し、すき放題のことを言ったり、書いたりしている人たちは認めるわけにはいきません。内部告発などということを匿名でやることをよしとする意見もありますが、名を名乗って言えない意見は認めません。自分の子供にどんな教育をするかです。自分の名は伏せて、いいたいこといいなさいではないはずです。自分の名を名乗って意見を発し、討論ができ、相手の意見を聞く耳ももてるとおもいます。人としてまず最初の教育は名前を呼ばれて「はい」と言う返事をしたり、「小澤幹文」です。とはっきり名前を言えるようになることだったはずです。この調子では将来名前もいらず、行政が作ったマイナンバーだけになるかもしれません
夏らしい風景
過去帳
物を売る、腕を売る
物を売ることが商いの基本ですが、私や、職人などは、自分の腕を買ってもらうことで生きてます。不安定な仕事です。家作りにおいてこの二つは敵対関係になることも少なくありません。床材、タイル、家具、照明、アクセサリー・・・などお客様が気に入ったものをなんとか売ろうとするお店と、多くの材料の調和、バランスで。空間を作ろうとする我々。この二つが協力できればいいものになります。売り手のわがままと作り手のわがままがぶつかることが大半です。売り手は商品を買ってもらえれば作ろうとする空間に興味はないし、作り手は作り手の理屈でわがままを言います。その二つの調整も我々の仕事です。大手プレハブメーカはそのわずらわしさをなくして、すべてを自社で提供し、何種類かのパターンをオーナーに選ばせるやり方を確立しました。家をものとして考え、物売りになったわけです。
山根会長
バトンが渡せない。
全否定
またマスコミはいじめのターゲットを見つけたようです。今度はボクシングです。なんだかんだいっても組織はいろいろあります。大人の事情、どうにもならんこと、自分の正義感・・・・・いろんなことと戦いながら生きていくものです。善悪で片付けられるほど単純ではありません。山根さんが決していいわけではないし、任侠の世界の考えの人のようです。でも彼をよしとし、組織は運営されてきたわけです。マスコミのように、正義の味方と、極悪人に、わけて、視聴率を稼ぐやつらもどうかと思います。殿様にしろ、政治家にしろ、役人にしろ、大会社の社長にしろ、やくざにしろ、権力を手に入れると、似たような立ち振る舞いになる人が多いようです。それを恥ずかしいこととは思えないのでしょう。功績も少しはあるのです。人を全否定することはフェアーじゃないですよマスコミの皆さん。
現場打ち合わせ
責任がない評論家
家作りにおいて、マテリアルの知識も、三次元空間構成もできないのに、ひとつのもの選びで、理屈をつけた好き嫌いの評論が多い人がいます。全体の空間が作れない人、わからないひとがひとつのもの選びをすることはめちゃくちゃになります。それをうまく正常に戻すこともわれわれの仕事です。ドアの中ではこれが好きとか、色の中ではこれが好きとか、逆に嫌いとか・・・・ワイドショーで好き勝手なことを言う評論家は生産性がない仕事ですから、責任がない発言ばかりです。責任がないものは仕事とはいえません。「いろんなこといわず、プロに任せたほうがいいものができる。」と多くのご入居者が言われます。でも家作りには夢があります。わかっちゃいるけどつい、主張したくなるようです。ただ、施工途中での評価はつらいものがあります。出来上がっての評価はいくらでも受けます。












