IT企業など、新ビジネスは若い起業家と社員で構成され、組織に年寄りがいないようです。仕事内容はもちろんですが、人としての大事なもの、まずは一社会人としての小言など、自然と耳に残る程度でも、年寄りからの大事な教育です。「踊る大捜査線」に和久さんは必要なんです。家族の単位も、「じいちゃん、ばあちゃん」は別所帯になってから、若夫婦教育ができず、子供化していってます。家族も組織も、「受け継ぐ」ことができてません。年寄りも、若い人や、子供のいる生活の中でこそ、素敵に老いていけるように思います。見たり、聞いたり、経験したりしてきた量は財産であり、家族や後輩に還元する役目が今の社会に欠けてます。社会のゆがみでもあります。新企業や組織に素敵な年寄りを何人か入れようとする経営者が現れてくれれば、日本も希望が持てます。私の周りでこの人が会社にいれば活性化するぞと思う人は年寄りばかりです。
カテゴリー: 福岡の輸入住宅
ありがたいご依頼、ご連絡
先日北九州のご入居者I先生の奥様からお電話をいただき、先生のご実家のエントランスや、玄関周りの提案をご依頼いただきました。先ごろもお知り合いをご紹介いただき、無事完成して入居されています。いつも明るく気持ちのいい奥様で、平田はいつも奥様のブログを見ながら「素敵なライフスタイル」と絶賛です。素敵なご入居者に恵まれていることに今更ながら再度気づかされています。メンテも含めて、3件ほどご入居者からご連絡いただいています。われわれの今をご心配いただく言葉から始まり、なつかしい話が続いた後、メンテのご依頼です。人としてレベルの高い人たちに恵まれて仕事をさせていただいています。。そして自分たちの身を正すことに気づかされます。やはりご入居者は我々の財産であり、先生です。いつも壁にぶつかったときはご入居者周りをしていたことを思い出しました。
クリスマスツリー
町は電飾で飾られ、ノーベル賞のLEDが白く、青くきらめいています。個人の好みとしては、「白熱色の電飾がよかったですねー。あったかく感じて。青は寒く感じ、モダン、無機質にかんじません?」[そうやなー。」夜,帰りの車で平田との会話です。クリスマスツリーも、青色で豪華になりました。町はいよいよ週末からクリスマスです。平田は忙しく、夜もアメリカとのやり取りで睡眠不足というのに、小屋裏からツリーを出し、事務所の一階に飾り付けてくれました。もう何年も使ってる、アメリカのスタンダードなツリーです。オイルステインの、トラッドな空間によく似合います。この時期になると、我が家もそうですが、ステインの渋い空間に、暖炉に火を入れ、まきが燃えるパチパチという音と、BGMを聞き、手作りのツリーを眺めながらコーヒーでも飲むと最高です。そんな贅沢が近くにあることを幸せに感じながら、がんばります。
忘年会
日曜日の夕方、平均年齢の高い十数人が集まり、地味目の忘年会をしました。毎年、当然ながら老けて、バカ騒ぎもできず、一か所で、料理をつまみながら、話しながらの忘年会です。今年も何とか仕事をさせていただき、いろんな経験もできました。仲間以外の工務店さんとのコラボで二件の大型住宅を手掛けています。在来でのデザインもありました。住宅以外で、クリニック、高齢者施設、薬局、店舗・・・・・いろいろ経験させていただきました。それが新たな財産です。毎年のことですがお金は豊かになれません。原因の多くはわたしの性格にあるようです。「デザイン屋さんが会社をやると、こだわりが強くて、もうけんもんねー。」・・・・・・・・それぞれがいろんな毒舌も含め、言いたいこと言ってお開きです。今年のMVPは、おとなしくて、口数少なく、筑後弁のなまりが強くて、色の黒い塗装屋のT君が英語の歌を、流ちょうに熱唱したことです。イヤー、人は見かけによらないものです。
手のかかること、効率の悪いこと
われわれの家づくりは、自由度が多く、手のかかること、効率の悪いことをやっていると、よく言われます。私の持論は、作業は効率のいい方がいいけど、仕事は、手をかけるべきだということです。いろんなことを考え、吟味してお客様の納得度があっていい仕事といえます。作り手に都合のいい決まりを作り、その中から選ばせるやり方と、あなたの希望をできるだけ受け入れます。というスタンスで、日々知識とセンスを磨き、手をかけて家を作るやり方があります。。二つのやり方の向き不向きは、お金儲けが好きか、家づくりが好きかです。「営業」と呼ばれる職種がいない家づくりともいわれますが、そうではなく、わたしも平田も渕上も、お客様にとって営業部デザイン屋であり、営業部コーディネーター、営業部棟梁であるべきです。そうして作った家のご入居者も、「営業」をしていただけます。ご案内、ご紹介はわれわれ生命線です。
選挙
わけわからないくだらない選挙をやってます。知識人やマスコミは「選挙には行きましょう。あなたの意志を伝えましょう。あなたの一票で国が変わります。」などと、何も響いてこない事で締めくくります。くだらないので行きたくもないのですが、国民として、投票には行きますが白票が意思表示です。もうあなたたちには票も入れる魅力すらありませんという意思表示もあってしかるべきです。政治家そのものが職業であるなら、就職活動にこの忙しい時期、付き合わされるのもかなわんなと思います。お金の裏付けがある日本のわずかな大企業や、財閥の偉い人に無報酬で、国のかじ取りをしてもらう方がお金もかからず、ましのような気がします。日本の、良さを捨てて、欧米化したいのなら、皮肉を込めて日本人のお坊ちゃま君政治家より、欧米の優秀な指導者に国を託すのも手でしょう。騙しあいや化かしあい、足の引っ張り合い、アゲアシ取り、スキャンダルさがし・・・・・大の大人が税金使い、税金をもらい、何やっとるのという思いです。この国の、誇るべきもの、世界で勝負できるものは、政治家ではなく、官僚と、徒弟制度で育った職人であり、根気強くいいものを作り続けてる、農業です。彼らのノウハウは日本の財産です。日本を背負ってきた仕事が、今、粗末に扱われているのが気に入りません。
それじゃのびないよ。
最近三、四十代の住宅にかかわってる人四、五人と仕事をしてますが、完全にサラリーマン化してて、独立意欲もなく、クリエーティブな仕事の腕を上げよう、うまくなろう、としていないようです。修行をつもうなどという意識は全くなく、できるだけ自分の仕事の範囲を狭め、楽していい待遇を望んでいるようです。叱ると、「自分はそんなやり方ではない。」とか、「私はこれで精いっぱいです。」とか、あげくのはて、「あなたにそんなこといわれるすじあいではない。」とか・・・・・。残念です。つまらぬ男が多くなったものです。平田のような男の中の男には出会いません。こんな父親に育てられた子供が正しく働くはずもなく、いよいよ日本危うしです。住宅そのものがデジタル化して、物としてとらえられ、貧弱になっていってます。いい作品を見たり、先輩の話を聞いたりして、昔は自分の未熟さに焦り、終電までがむしゃらに働いたものです。「一人前ではない見習いものは休みなどありません。そうじゃないとのびないよ。」と設計事務所時代、いやな先輩に言われました。でもその通りだと今、思います。
今日仕事帰り、一日参りの十日恵比寿に参りました。ある方のアドバイスで、今日お参りしなさいと教えていただきました。今ある現場の安全と、いい作品になるようにお願いしました。
冬が似合う家
輸入住宅、特に北米のデザインは冬がよく似合います。クリスマス前後は暖炉を中心にあったかい暮らしが素敵です。ジュエリーや、小物など、精力的に、活動されている、ラグジュリアス主宰でご入居者の酒井田様が、クリスマスフェアー開催中です。われわれの家をいちばん素敵に住みこなされている奥様です。おしゃれで、センス良く、レベルの高いインテリアはわれわれが勉強させられます。有田にお越しの際はぜひお立ち寄りください.たくさんいい刺激をいただけるはずです。ご希望の方はご連絡先をお伝えいたします。
我が家も暖炉の時期で、現場に行くたびに少しづつ廃材を車に積んでます。揺れる炎と、マキのにおい、パチパチという音は心落ち着きます。
貴重な経験
今日二日は門司F邸の上棟式でした。この冬一番の寒波、小雨交じりの悪天候の中ほぼ、上棟しました。在来木造の大型物件です。いろんな意味で勝手が違いますが、いい経験をさせていただいてます。お金をいただいて勉強させていただけてるのですから、本当に感謝です。ツーバイで家を作り続けたものが在来で自分の思い描いている空間がどこまで作れるか、貴重な経験です。今の柱と梁だけの状態ではイメージできず、もう少し現場が進んでから、プロポーションも含め検証します。短期工程表もお願いしました。寒い中オーナーご夫婦にはお弁当や飲み物をご用意いただき、ごちそうになりました。ただ、前準備ができてなく、祭壇の用意がなく上棟酒、お供え物、腰掛け、紅白幕、等もなく、これからの業種の責任者が集い、オーナーにご挨拶することが、お客様を向いて家を建てる会社の上棟式の常識だと考えます。これから徐々に、現場打ち合わせなどを重ね、オーナーが喜びご納得されているかの検証をし続ける家づくりを請負者と話し合いながらやろうと思います。
昔の大人と今の大人
離島の漁師町で育ったわたしが、子供のころ見た大人はみんな、怖かったように記憶してます。でもなんだか、おとなって楽しそうで、面白いことがいっぱいありそうに思えてました。いかの塩辛、アワビのこのわた、ナマコ、酒、たばこ、チーズ・・・・・・・こんなものも大人になればうまいのかと思ったものです。村の漁師が、ドラム缶の焚火に当たりながら、沖を眺めて、ながい時間話し込んでるところに、だれかの奥さんが、ぜんざいや、たい焼きを差し入れてました。そのおこぼれを近くにいた子供らはもらうのです。。周りの大人はみんなどこの子だろうと、呼び捨てで、ほめたり怒ったりしてました。このころの大人は、老後の貯金とか、年金とか、健康保険とか、何とも思わず、自己責任で、楽しく暮らし、地域での自分の立場をわきまえてたように感じます。みんなで働き、みんなで遊んでいたように思います。そして子供の世界と大人の世界をきっちり分けてました。早く大人になって会話の輪の中に入りたいと思ったものです。今の子供たちは大人がどう見えてるのでしょうか。大人をなめてるように感じます。いい大人が社会を支えているかどうかは、子供が大人に憧れているかどうかのように思います。残念ながら魅力のある大人どころか、大人の親さえ見当たりません。「ちっさい奴ら」ばかりです。子供最優先で甘やかし、威厳もなく、しつけもできず、寄らば大樹の陰で、給料をもらい、いい年の子供が親の金あてにしてプータロー・・・・・・・。国が危ういように思います。子供や孫の世代が心配で、どうすべきか考えようという人がいますが、そんなこと知ったこっちゃない。今自分の生きてるこの時代を、大人はきちんと恥ずに生きよう。それが子供教育であり、次の世代につながるのです。