輸入住宅メーカーの作品を本なんかで見ると、必要以上のデコレーションや、カラーリング、石やタイルなど、たくさんの部材を使い、住まいを逸脱した、ド派手な住宅作品が並んでいます。お城や、ホテルや、店舗のデザインを模写して作られているようです。それらを輸入住宅と呼ぶのであればわれわれが作る家は、明らかに違います。シンプルで、きれいなプロポーション、マテリアルやカラーもできるだけ少なくし、ポイントにだけこだわりのデザインを施します。作品集を見ても、おわかりのように、きらびやかではありません。デザインを勉強すればするほど、シンプル、良質、美しい形が大事に思えます。しかしながら、いろんなものを自分で選んで楽しみたい人が少なくありませんが、しょせん何の勉強も知識もないのですから、いいものにはなりません。よく、いい、悪いは人によって違うという人がいますが、荘ではなく、いいものは多くがいいといい、悪いものは多くが悪いというのです。「小澤さんたちの作る家って、輸入住宅、輸入住宅してないですよね。派手にあばれてないもん。」ご入居者の一人の奥様からご契約前に言われた言葉です。
カテゴリー: 福岡の輸入住宅
ケアンズ
10年位前、息子とケアンズに行ったことがあります。グレートバリアリーフの玄関口の街で、田舎でした。キュランダ高原列車で、熱帯雨林や、滝をのぼり、原住民の村へ行き、帰りはスカイレールという迫力満点の、乗り物で、一気に下りました。日本のカニをもじって、「カニーズ」というレストランがおいしくてシーフードを二日連続で食べに行きました。
レンタカーを借りて、隣町の、ポートダグラスまで走りました。。アメリカ人のための馬鹿でかいホテルと、プールのリゾートエリアと、こじんまりしたおしゃれなショッピングストリートと小ホテルで構成されたヨーロッパ人のためのリゾートエリアが混在した不思議な魅力がある田舎町でした。たった三日でしたがなかなか面白い旅でした。
ヴィクトリア
ハウステンボスワッセナーI邸竣工検査
生き様
大リーグが開幕し、控えとしてイチローがスタートしました。レギュラーとしての力は十分あるはずなのに、若手をプレーで育てる役目も背負ってるようです。日の当たるいろんな道があったでしょうが、日本に帰らず、これがイチローの生き様なのでしょう。黒田の男気あふれる生きざま、松井の人として真面目にまっすぐ生きることで、日本人だけでなく、ニューヨーカーたちからも愛される生きざま、テニスの伊達公子、ジャンプの葛西・・・・・どの生き様も壮絶で、尊敬します。サッカーのカズもいまだ頑張ってます。よし悪しはそれぞれ意見もあるでしょうが、お客さんにみたいと思ってもらえるパフォーマンスができる限り、現役を続けてほしいものです。引退は本人と、ファンが決めるものです。われわれも勉強し、腕を磨き続けますが、依頼がなくなれば、ペンを置くときです。いつまでも必要とされるように、全ての作品を大事に作り続けます。
年を重ねるとは。
年を重ねるということは多くの人を見てきたいうことです。人と会い、話、楽しみ、討論をし、時には争い、人を育て、・・・・・とにかく人との関わり合いが人生と思ってます。そういう意味で言うと、我々世代は、パソコン、スマホ等の機械での会話が主流になることが受け入れられません。そこには、声も表情もイントネーションも存在せず、同じ文字の羅列だけです。人は大事なものを失いかけてます。家も、工場で作ったり、同じ新建材で無表情の家が多く、低価格で作られ、年を重ねて出る、風合いや佇まいが消えかかってます。
全て、年を重ねる素晴らしさを認識しないと、年寄りを敬い、大事にするどころか、殺伐とした、世の中になります。じいちゃんやばあちゃんの笑顔のしわや働いてきた手のひらや一言発する言葉の重みがわかる、人でありたいものです。
住まい、いろいろ。
南区M邸で午前中オーナーと待ち合わせ、門司の、家具屋に案内しました。お気に入りのものはなかったようですが、感心するくらい、よく動かれます。2,3階はめどが立ち、今から一階の工事です。コンクリート造で、一番の特徴でもあります。門司のF邸は昨日消防検査が終わり、明日、役所の検査です。内装はオーナー主導で、お好みに仕上げられてました。輸入部材のおさまりはほぼOKです。今からエクステリアの工事になるようです。その後、役所をまわり、博多区のご入居者T邸に、外部塗り替え、コーキング打ち替えの打ち合わせに、塗装屋の社長と伺い、5月中ごろ、工事に入るようになりました。10年を過ぎると、このメンテが必要です。家づくりの本質を理解し、大事にメンテを重ね、いいお金の使い方をすると、年を重ねるたびに、家は上質になるようです。日本の新建材は新築がピークで、ぼろになっていきますが、輸入部材は年と共に味が出ます。
最近の親子関係
春休みで、子供がいたる所にいます。仕事後の、「ふくの湯」から上がると、平田が「子供がうるさく、飛び込み、騒ぎ、走り回り、それでも近くの親は何も叱らづ、それどころか一緒に騒ぐ始末ですよ。」しつけられてない子供が親になると、産んだ子も、こうなります。日本に必要なものは教育ではなく、まず生まれて小学校までは「躾」です。その後十代後半から、二十代後半にかけての修行です。勉強などいつから始めても、取り返しがつきますが、躾と修業は後回しにできません。教育評論家などが「親子でよく話し合って。」といいますが、それは子供が自分で食えるようになってからのことで、そうじゃないと知識や価値観が違いすぎて話し合いなんかなりません。ガキの頃は、親の言うことを聞かせて、やることを見せて、きちんとしつけることです。修行もしつけもされてないバカ親はもう手遅れですが。
健康のありがたさ、必死の中の幸せ。
家の者が再度九大で簡単な手術を受けました。一週間ほどの入院になりそうです。対馬のおばも福岡に出てきての入院です。こちらは一か月ほどです。施設のおふくろ二人を合わせると、四人入院です。娘と手分けして、世話してますが、「健康が一番。」という言葉が身にしみます。平田も渕上も元気で、そんじゅそこらの若いのとは鍛え方が違うのか、よく働きます。うちのお袋や、おやじなんか、今考えると、働きっぱなしの人生だったように思います。朝早くから夜遅くまで休みのない商売でした。いろんな意味で必死に生きてたように思います。薄っぺらい世の中に甘えた今の日本と違い、人のために、自分のできることはできるだけやろうという教えで、ひとに、迷惑をかけたり、甘えたりしてはいかんと言われてました。うちの爺さんに、「汗水流せばいい笑顔が出る。」とよく言われました。大家族がそれぞれ一日働き、笑顔で晩飯を食ってました。孫ができた今、私は爺さんの役目が果たせるだろうか、心配です。
黒田、沖縄、大塚家具・・・・・大阪桐蔭
黒田の復帰登板で、感動し、涙した人が多いことに、安心し、明るい気持ちになりました。日本人のDNAは、魂は残っているようです。政府と沖縄の、基地問題はレベルの低いやり取りが続き、子供の喧嘩レベルです。沖縄の民意が示された以上、結果はともかく、もう一度よく話し合うことから始めないと、・・・・・欧米の価値観で政治が動き、日本人らしさが見えません。法律で論じず、人としてのプロセスが大事です。大塚家具問題は、元気な老人が増える今からの世の中、ビジネスと、商いの軋轢が増えることを予知させるようです。足して二で割れば素敵なのに。一番心配は大阪桐蔭です。彼らは何を言われ、何を思って甲子園で戦ってるのでしょう。少なくとも純粋ではいられないでしょう。大人の責任の取り方を明確にし、大人として球児が納得する詫びを入れ、そのあとしっかりした訓示すべきです。まさか「学校のピンチだ。がんがってくれ。」等と言ってないと信じたいものです。




















