経済

 選挙の結果で、国民民主が偉そうな顔をしてます。私は全く魅力を感じません。玉木さんが魅力的で納得できる政策を提案し続けているのなら、とっくに国民が支持しているはずです。今までは誰も注目しない人だったわけです。たまたま風が吹いただけです。日本において経済を語れる人はいないはずです。学者は文献の理屈だし、偉そうな竹中さんも30年近く何もできなかったし、まして政治家が経済を語っても、しょせん大蔵省の理屈です。経済は少なく実務をやってる財界人に任せたほうがましだと思います。経済バカの政治家が経済について話し合っても無駄です。裏金の政党に経済を語らせても、裏金で風が吹いただけの政党に任せるわけにはいきません。金を配ったり、政策で手取りを増やしても根本の解決になりません。頑張って働く人にお金は回るのが当たり前です。所得が少ない人を救うことは間違ってます。まず働いて頑張らせることをしないと、経済の基本が崩れます。働かないもの食うべからずです。今の世の中、やる気になれば働いて報酬を手にすることはできます。高校生でも学びながらイラストを描いて仕事をしている人もいます。

 

コーディネーター観戦記

 日本シリーズをコーディネーターが見てます。昔のばあちゃんが力道山を見るのと同じです。「迫力ないですねー。大リーグ見たら見られん。」それでもおばちゃん特有のハンカンびいきでベイスターズを応援しているようです。「下剋上で日本一になったらおもしろいですよねー。」「いつも思いますが解説が良くない。話術もないし表現力もないし、毎試合、毎イニング同じようなことしか言わない。頭がわるい。」ベイスターズが勝つと「明日外野の横浜応援団のなかにいるかもしれませんよ。」とニコニコです。」地上波もそうですが、BSの素人小芝居コマーシャルに文句を言ってます。「長い、しつこい。」「7000円のものがなんで500円で売るのか。頭おかしいやろ。」怪しいサプリのコマーシャルを見て詐欺と一緒だと怒ります。膝や腰や肩もよくなるし、頻尿もなくなるし、やせるし、歯も白くなるし、毛まで生えるし、…。保険も安いし、いろんなものが、やすーーいで片付けられます。テレビの前で正論を吐くコーディネーターを見て、ばあちゃん特有の何も怖くない姿に人は変わる。と思い知るこの頃です。よく働く素晴らしい感性と知識を持った人です。「ふとったー。やせないかん。」という口癖が10年近く続いてます。

 

間違ってるぞ

今「働くな。」でも「報酬は高くしろ。」というバカな考えが主流になりつつあります。お客様の希望で1か月で完成させるには、遅くまで図面を書き、トラックを走らせる交渉や、職人を残業させたり、キッチン屋、建具屋、など材料屋に頭を下げる必要があります。仕事をやる側が頭を下げるわけです。ちょっと前までは、「ありがとうございます。頑張ります。責任をもって仕上げます。」という世界でした。必死でいい仕事で結果を出そうとすることで、ものの考え方や喜んでもらう喜びや、一緒に頑張った仲間とのいい関係や、本当に尊敬できる人が見つかったりします。電話での情けない対応や会社の決まりなんでという後ろ向の若者の多いこと。残念です。いい作品はいい人間性と、人に喜んでもらおうとする気持ちと、目標達成の強い意志が必要です。世の中間違っています。大会社の電話はひとではなくAI です。一番の教育の場を取られてることにみなきずかないのでしょうか?直接的な金儲けと,責任転嫁なための手段で、お客様が本当に見えてないようです。 

 

年齢の魅力

私どものオーナーは意外と幅広い年齢層です。輸入住宅など一般的には「しゃれた家」という印象で、高齢者にはうけないように感じますが、ステキなお客様が多く、現在、施工中や打ち合わせ中のオーナーは75歳、78歳、83歳、リニューアルのお客様は68歳、60歳です。魅力的な人生を歩んでこられて、われわれの作品に共感いただいたり、打ち合わせや、その過程に興味を示していただけます。「創る」という感覚が好きだと言っていただけます。話し合うことやご入居者案内が大好きのようで、ご入居者同士のお付き合いが始まります。今までの経験や、発想や、チャレンジ精神には我々が驚かされます。「買い物はもうしたくない。プロと一緒に自分たちが快適に住む家を創りたい。」「家でもあり、棺桶でもある。」という方もいらっしゃいました。この年齢までバイタリーにあふれ、前向きな考え方をお持ちで自分も楽しみ、人も楽しませていただける方に出会えていることに感謝します。 年を重ねた魅力は、若さにも勝るように感じます。私もそうありたいと思います。

 

息子の誘い

 息子が私をアメリカに誘います。1年以上言い続けています。「もうそんな働かなくて、体が動くうちに俺が連れて行くから。」サンフランシスコか、ワシントンに行きたいと言ってたのを聞いていたのか盛んに誘います。私は親父とお袋を正月、温泉に連れていくことを13年続けました。息子としては自分が働くアメリカに我々家族を連れていきたいそうです。一人前になり頼りになる長男です。仕事も自分の家族も我々もみな大切にしてくれます。グローバルに物事を考えられるように見えます。私が勉強させられます。我々のオーナーの家具や、照明など輸入業務も手伝ってくれるし、福岡に時々着て、パソコンなど自分たちが苦手な分野をうまくやってくれます。東京出張の時はコーディネーターなど羽田まで迎えに行ってくれます。紹介や家の案内にも積極的に力を貸してくれます。小さい時から私にはもったい子供たちです。家庭を顧みず働きっぱなしでしたが、背中を見せる昭和の親父の子育ても今どきのべたべたした親子関係よりいいかもしれません。

 

くだらない選挙

 選挙などに現を抜かす場合ではありません。毎回毎回同じように、当選するには何を語り、何を攻めるかしか考えていない人しかいないのだから選挙など何度やっても意味がありません。もう議員など変な人がやる仕事でしかありません。「弱者にもっとお金を。」とみんな言いますがその連中が居眠りしながら多くの報酬をもらい、裏金を作るのだから笑います。その金をくれてやればいいのに。何も知らないのに、お笑い芸人や、コメンテーターが「裏金ばかりじゃなく政策を聞きたい。」という人がいますが、聞いても知識もなく、勉強もせずに理解できるはずもありません。、議員さんはいいことを羅列するだけです。。選挙はしごとするのが嫌いな人の陣取りゲームという博打ですから、好きにやらしとくしかありません。大の大人が恥ずかしいことやってるなと笑いながら見ることにしています。彼らを無視して自分の仕事で世の中の役に立つように頑張り続けることです。何度も言いますが議員は自分の仕事に誇りを持った人がボランティアでやるものです。弱者に飴を与えるより、頑張った人をたたえる社会が必要です。今こそ「国が何をしてくれるのではなく、自分が国に何ができるかだ。」この精神が大事です。

 

あなたたちが

パワハラ、セクハラ

今更ですが、セクハラやパワハラをはじめとするハラメントという概念がいまだ私にはわかりません。よくコーデネーターが「私が30年受けたパワハラ、セクハラは訴えたら何億かになると思いますよ。」と冗談めかして言いますが、そのハラスメントを受けた30年が彼女を一流のコーディネーターに育て、働く厳しさ、価値観を身に着け、本音で自分の言葉を吐きます。そしてハラスメントで守られ、それを武器にしてるあまちゃんたちを叱ります。人の中身を推し量れず、表面しか見えないかわいそうな人が増えていきます。理不尽なことがあふれているのが世の中です。そこで生きていくにはまっすぐな考えを貫くことです。ハラスメントという価値観は世の中をよくするものではありません。

 

信頼が大事

私はどうも同業者や、関連業者に厄介な人と思われてるらしいです。「まあいいか。」という仲間意識や、自分のポリシーを曲げることが大嫌いだからです。おかしなデザインや、違った考え方には断固話しあいます。オーナーの希望だからとか、業者の都合があるからとか、素人の協定委員会の言う通りにしないと許可が下りないからとか、・・・仕事や金儲けが第1ではありません。軽蔑します。多くのオーナーは私がその程度のデザイン屋なのかと失望され、信頼を失います。我々との家づくりをしたことで、喜び、プライドを持ってる人が多くいらっしゃいます。この人たちを絶対裏切ることはありません。人は好きでも腕や家づくりの考え方が悪いと仕事は一緒にできません。地方の小さなデザイン事務所に仕事を依頼いただくには、作る作品が全てでおべんちゃらやお世辞など何の役にも立ちません。今日は出張で東京です。石破さんがっかりです。

 

対馬での作品

40年近く前、設計事務所にいたころの対馬の学校と体育館の写真です。。ただ社員として何のポリシーもなく設計してました。役所の仕事です。作ることで一生懸命でした。住宅はいとこの家です。外観は和を感じられるもので、まさに当時のプレハブのすまいです。先日いとこから写真が送ってきました。40年たっても住みやすく満足できる家で、対馬においてはしゃれた褒められる家らしいのです。やはり家はオーナーと作るもので、いつまでも話ができます。ビルや役所の建物や「担当者」」と作るものは誰のために作るのかわからなくなります。私は住宅のデザイン屋で生きることが楽しいと感じ、住宅一本で頑張りました。写真まで送ってくれてうれしく思いました。住宅を作りつずけます。家づくりは人が主役です。アナログです。 しかし40年前は「下手」で恥ずかしいです。

 

 やはりまっすぐ生きたい。

面と向かって話し合いや、討論ができない人は役職や地位だけが頼りのようです。ハウステンボスワッセナーの協定委員会の爺様たちのことです。逃げて隠れて困ったもんです。そんな連中に自分の家だけよければいいというスタンスで手もみして、正しいことから逃げようとする人も軽蔑します。水戸黄門がいたらゆるしません。 懲らしめてやりなさい。というでしょう。。まっすぐ自分に恥じなく生きることができない人はしょせん魅力もない人生しか歩めません。間違ったことをしてるという意識が持てず、今後この町は老害であふれることでしょう。正しく是正できないのですから皆で笑いながら「おぬしもわるよのう。」ですべてのものごとをすませるのでしょう。私はまっすぐ生きたい。爺さんからずっとそういわれて育ちました。この人たちの子供はしつけと教育が行き届いていないはずです。