難病の目はなかなか完治せず、10日に検査と、眼球注射で、片目だけで2,3日養生です。厄介な病気とほぼ一年以上付き合っています。幸い効き目が右なので不便ですが、何とか仕事ができました。目と右指先は生命線です。多くのご入居者の先生からも心配いただいてます。仕事を通して、ご入居者に喜んでいただき、仲間とプライドを持てる仕事で、努力し続けてます。子供たちや、友人、親戚など、唯一仕事で認めてもらっていて、それがなければタダのわがまま爺さんです。そして今仕事の主役をコーディネーターに任せ、彼女の能力をフルに発揮して、新しい家づくりに挑んでいます。ずっと前から家づくりの主役は女性であるべきと言い続けてました。彼女はとんでもなく高い能力を身に着けてます。私の経験を伝えながら、彼女が指揮して、私を部下のつもりで使ってくれれば、それこそ面白い住宅デザイン事務所になると信じてます。私の家族も、死んだ父母も、ご入居者の多くも、彼女の人となりに感心し、仕事ができる人という認識です。今ではその時以上にほかにいない女性住宅屋になりました。彼女の知識や学習能力に、私のわずかな感性を加えて家づくりを続けます。
私は1956年生まれです。 そのたかだか100年前の1856年は江戸末期で、ちょんまげの武士が刀を差してた時代でした。学校で教わった、ハリスが来日して日米修好通商条約が結ばれた年です。その頃は遠い時代の歴史と思っていましたが、今実感としてちょっと前の時代だったのだと驚きます。世の中はすごいスピードで流れているということを、いまさらながら思い知ります。生まれて約70年生きてきてそのスピードと中身はさらに早くなっているようです。私は幸いにして、大きな会社を背負うわけでもなく、多くの従業員やその家族を養う責任もなく、そのため、かけがえのない信頼できるパートナーと、その仲間とで、オーナーに喜んでいただける家を創ることに全力で 生きていけてます。幸せなことです。楽しくやりがいがある仕事です。数はこなさせませんが、何とか 年間数棟納得できる家を創り続けています。時代に流されて、自分たちの立ち位置を見失わないようにアナログ人生を全うします。幸い、苦労はありましたが、不幸はなく、頑張れてます。まだまだやりたいこと、見たいもの、行きたいところ・・・まずは大阪万博は見たいと思います。
テレビのコマーシャルを腹立たしく見てる人の多いこと。老人は生命保険で「子供に迷惑をかけず、葬儀代くらい保険で。」と他人に言うようなバカなセリフ。それもどの放送局も、どの保険会社も同じ内容です。これだけ同じなら合併すればいいのにと思います。熟年に向けては健康サプリ。これもみな同じです。特別安くて驚くほどの効果という猿芝居。世の中デブもいなくなり膝や腰の痛い人もなく、500円程度で走り回れるほど元気な人ばかりになるそうです。もっと気のきいたセリフはないのか。若者に向けては転職です。そもそも転職を考えてる人は居場所がなく、必要とされてない人がほとんどです。転職すれば解決するのではなく、もっと自分を磨かなければ。こんないい加減なコマーシャルを本気にすると泣きを見ます。今のテレビより寅次郎の「結構毛だらけ・・・。」の口上のほうがプロの喋りと、わかりきった嘘で見てる人を楽しませて商売してますよね。昔わたしはこれほど同じ内容のコマーシャルが流れてた記憶がありません。私は「 クイントリックス」「タケモトピアノ」「パイポ」・・・・など印象に残ってます。創る人も演じる人も人間味があふれてました。
コーディネーターが東京出張で4日ほど留守です。朝のコーヒー、昼、夜の食事もほとんど事務所で食べることが多く、すべて忙しい中コーディネーターが用意してくれてます。いないとなると困ります。パソコンも苦手な私ですからこれも困ってます。東京では息子が車で迎えに行ってくれたそうで、「いつもお世話になりっぱなしなので、今日の夜は今半のすき焼きをごちそうする。」と息子からメールが届きました。小さいころコーディネーターに散々かわいがられ、映画や遊園地なども連れて行ってもらって、中学の頃はアメリカにも連れて行ってもらっていました。すき焼きご馳走して、ねぎらってくれるとは、・・・・。まあ、私は時には一人でカップラーメンでしのぎます。先日の夕食は、大阪のエクステリアの連中と、餃子を食べに行きました。大阪といえば王将の餃子でしょうから、博多の小ぶりの餃子と、水餃子を食べさせると、好評で、特に水餃子は初めてだったようです。今日の夜は一人セブンイレブンのおでんにします。いろんな意味で一日のルーティーンが変わるとコーヒーこぼしたり、コップを割ったりで、大変です。今回成長したことはレンジで物を温めることを覚えました。便利です。
わたしの子供のころ家には、親戚や周りを束ねるじいちゃんがいました。おやじは船乗りで家には月の半分しかいません。おふくろは店から家のことまですべて忙しく動き回り、叔父、叔母もそれぞれ仕事で大変でした。周りの人も働かないと食えない時代です。ほとんどがイカ釣り漁師の街です。夜を徹して頑張ってました。冠婚葬祭は仕事を辞めて皆が集まり自分たちの手でことをなしました。そんないろんな人にかわいがられ躾られて、大人の世界を子供なりに見て育ったことが今にして思うとよかったと思います。じいちゃんやばあちゃんは親とは違った 躾の仕方があったように思います。仕事とは別に得意なことで街に貢献する人もいました。 まずはそこには報酬はありません。人の役に立つ喜びだけです。じいちゃんと、医者と、坊さん三人がそろっていろいろ町のことを話していたことを思い出します。今私も含め、この年になると「そんな考えは古い。」とよく言われます。もっと年を取ると老害とまで言われる始末です。古くて何が悪いのか。あなたたちはそのいい時代を知らんでしょ。と言いたくなります。今よりずっといい時代でした。年寄りも若者も一緒になって、てんやわんやしながら働かないといけない時代で、人が主役のアナログの時代はみんなが汗水流して生活してました。そんな古い人間が組織にもいないといけません。古さを教える人がいるのです。和久さんのように。全てを数字で決めごとをして、楽に生活できる手段を手助けしてあげないといけない甘えん坊の今の人たちには、たくましさや、我慢強さや人を助ける勇気が欠落しています。古くて結構。
寒い日です。エクステリアの3人が黙々と仕事をしています。きちんと挨拶をし、今後のスケジュールや質問をします。オーナーが現場に来られた時も、、まずは挨拶、そしてオーナーにわかりやすくやろうとすることを説明します。笑顔のオーナーは満足があふれています。満足と納得を大事に仕事をすれば自然とやるべきことがわかります。工務店はほとんどすがたが見えず、職人も不愉快な態度です。我々がオーナーに進捗を連絡し、工事内容も含め、満足していただいてるか、納得されてるかを注意深く見ます。 工務店はそのために工務店は我々を満足させ、納得させる仕事ぶりが必要です。職人都合に振り回されています。挨拶も含め躾がなってません。レベルが低いことが残念です。一事が万事で「下手」です。毎日オーナーと連絡を取ってるのですが、オーナーも同じ思いのようです。「私は小澤さんとの家づくりが楽しいので、すべては小澤さんに頼ります。」とおっしゃってます。毎日現場に走ることが必要です。
フジテレビの件はよくわかりませんが、寄ってたかって大の大人が10時間も会見をすることが何よりおかしい。暇ですね。みんなが警察、検察,弁護士、裁判官、やくざになって井戸端会議です。人の下半身やお偉いさんの考えは、一般人はわかりません。人権やコンプライアンスなどという言葉が飛び交い同じこと何度も聞いて何をしようとしてるのでしょう。追及と、いじめの図式です。馬鹿な連中のしでかしたことを暇な連中が追求しても何もなりません。 生産性のない遊びはやめて働きましょう。私の感想は、日本は平和だなー。働く態度や能力は何も言わず、時給を上げ、補助金だらけで、週休二日に、すごい数の祝日、残業するな。ちょっとした病気で休み続け給料をもらう。育休産休、もうめちゃくちゃです。日本は傾きます。
コーディネーターが大忙しです。香椎の女医さんの家をリニューアル中です。私が一番アメリカの家に近い家と思ってます。東京のお客様でハウステンボスワッセナーの別荘の屋根や外壁など、塗装依頼。シャワーを2階に設置したいそうです。香椎の山の頂上の家は脳外科の先生で、私たちも、ご入居者もいつも検査でお世話になってます。大きなテラスのやり替え依頼です。柳川のK 邸は奥様がアメリカ人ですが、日本とアメリカのいいところばかり身に着けてある面白くて明るくて楽しい方です。シロアリ処理と基礎の補修依頼です。宗像のM 邸は外壁塗り替えです。全て築25年くらいの家です。今日目の前が海の家の現場にいると、糸島のM 様ご夫婦が突然来られました。「海が似合ういい家ですね。こんなセカンドハウス、最高です。」ご入居者同士が案内させていただいたとき親しくなられており見学に来られたようです。こういうサプライズがあると自分たちの家づくりに自信が持てます。目の前が海の家はすごいスピードでエクステリアが進んでいます。テラスの柱や手すり、車庫のシャッター、フェンス、柱、外部階段など、作り終え、塗装に入ります。東京。横浜の家は来月早々現場出張です。佐世保の米軍住宅のパースをおくりました。L&S の社長が写真とともに、進捗を知らせていただきます。次々とここの所ご入居者からの依頼が続き、いいひとに巡り合ってること、いい仲間に恵まれたこと、に感謝です。しかし二人の会社でも、頑張って喜んでいただける家を建てたことが今につながっています。そして遠くでも動き回った結果、職人も含めいろんな人と出会い、それが財産になってます。
私が子供のころは、間違いなく男の時代でした。多少理不尽でも、女は男の言うことを聞くもんだったように思います。それが当たり前の時代でした。明らかに女性が優秀で、正しくても、我慢していることが子供でも分かりました。それがあれよあれよという間に女性の時代になりました。「男は女性に優しくなくてはならない。」「男女平等」「料理や後かたずけや子供の世話も夫婦二人でやるもの」「イクメン」「家族サービス」「二人の財産」「女性にも自由な時間を。」などすごいスピードで女性優位の社会になりました。デパートや、遊園地、電車の中、スーパーなどで見かける若い夫婦は明らかに主導権は奥さんが握っています。子供も我が家の親分はママだと認識してます。頭いいし、現実的な正しい処理能力を持ってます。大人です。男はがきなんです。だから10歳くらい男が年上でちょうど釣り合うのかもしれません。家を建てる主導権は奥さんで男は「小さい自分の机と、足が延ばせる風呂さえあれば、あとは何も言いません。」といいます。30年近くローンを払うことにため息が出る人も少なくないようです。優秀な日本の女性は今、我が世の春がすぐそこだと思っているかもしれません。男は女性を守るもので、女性は男を奮い立たせるものだと思います。平等ではなく、適材適所が正しいと思います。女にはどうあがいてもかなわないところがたくさんあります。それを素直 に認める男が、女性から尽くしてもらえると思います。男は男らしく女は女らしく。昭和の初老の思いです。
田舎での生活は若者にとって退屈なものだというのはよくわかります。大都会で定年近くまで働いた年配者が、疲れて田舎暮らしにあこがれるのも分かります。田舎では都会ほど金の価値がありません。農作物のできばえや、大漁不漁、自然と闘いながら生活しています。村の人はある意味家族で、助け合い話し合いながら村で生活します。お金にすがってない分、ある意味村の生活は自分勝手にはできません。村八分というものは悪いことばかりではなく、村のルールを守れないのであればでていけというある意味厳しいものです。人とのつながりが財産です。村の子供は皆でしつけます。私も小さいころよく叱られたり、手伝わされたりしました。でも大人の働きぶりが見れたので、できる人、リーダー、やさしい人、怖い人・・・すぐ村での役目がわかりました。「田舎者」と呼ばれる人が東京で生活できないように、都会人も金だけ持って田舎に行っても生活になじめないと思います。そういう私は、近く対馬の実家を解体する予定です。複雑です。 コンプライアンスとかで、人に必要以上にかかわらず、機械での接客や、電話対応、キャッシュレス、理解できないパワハラ、セクハラの定義・・・・もうわたしも嫌気がさし、田舎で仕事ができればと考えますが、受け入れてもらえるかどうか不安です。
9,10日と東京出張だったので、恒例の十日恵比寿に行けず、11日くじ引きも終わったころ、、お参りに行きました。ことしは初詣にも十日恵比寿に行きました。1日参りを続けていくつもりです。相変わらず寒い中大勢の人出でした。自分にとって意味ある行事は継続してそこに身を置くようにしています。しかし最近、出店より派手な服装や、髪の毛の色の若者が十日恵比寿の意味も分からず遊びに来ています。道の真ん中で立ち止まったり、道に座って大声で酒飲んでいる連中の多いこと。きてもいいが、本来商売を頑張ってる人たちが感謝と願いに来てるのだから邪魔はするな。神社も金儲けが見える対応となれば、われわれの足は遠のきます。恒例の成人の集いなる行事がニュースで流れ、北九州や沖縄などの仮想大会を映し出しています。親も一緒になってバカ騒ぎのようです。行政などの対応が情けないものばかりです。着飾り合戦の中、必死でその日働いてる二十歳の若者もいます。医療従事者など人の生活を支えている若者たちです。漁に出てる人、長距離トラックに乗ってる人、病気と闘ってる人、・・・・何十万も何百万も仮装に金かける親とそれで喜ぶ子供のどこが成人だ。昨夜地震です。神戸、熊本、東北、能登・・・。コロナ。多くの災害と闘った若者が不幸、不運ではなく、人として大事なものを身に けつけていることを忘れてはいけないと思います。 彼らに期待します。もし私がひとこと二十歳の若者に言うなら、「自分のご先祖、仏壇に毎朝手を合わせなさい。」大人はそこから始まります。