私の神、長嶋が80歳です。前向きで、ますますかっこいい80歳です。リハビリも、ファンを意識してかっこよくこなし、不自由に歩く姿さえ、「かっこよく」を、意識しているように映ります。ファンを裏切らない努力をしているのでしょう。先日娘の長嶋三奈の話が出てるのを平田に聞いて知りました。長嶋は松井が大好きで、二人にしかわからない世界を持ってて、それは肉親以上だといってます。でも自分の父が人生で何より大事な人に出合い、生きがいにしていることを、すごく、誇りにすら思うようです。「自分と松井さんがおぼれてたら父は迷わず、松井さんを助けるでしょう。それを見て、わたしは笑顔で沈んでいける。」・・・・・・・さすが長嶋の娘です。自分の父親を、そういう愛し方ができるのはすごくすごく尊敬してるからでしょう。苦労しながら一つの同じ目標に向かい途方もない努力をして、何をさておいてもやり遂げてこそ生まれる関係があるということを目の当たりにしたのでしょう。わたしも微力ながら平田とそういう家づくりを目指し続けます。誰より、どこより、いい家を作り続けることを何より優先したいと思います。多くのご入居者から応援いただき、紹介いただき、多くの仲間や子供たちが応援してくれる環境に感謝して、あとは自分が頑張るだけです。子供のころから今もって長嶋が目標であこがれ続けています。わたしの娘もわたしの仕事をとても理解してくれます。
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ハウステンボスワッセナーと佐世保
朝早くハウステンボスワッセナーに向かい、M邸で、銀行の方と会いました。リニューアルでの変わりように驚いてあり、「すごすぎる。」の一言。ワッセナーの家が、新築以上によみがえり、新しい資産価値になる努力を続けますが、銀行や、不動産が、床面積や、築年数でしか家を評価しないことに腹立たしささえ感じます。リニューアルしたM邸に勝る新築の家はほとんどないはずです。銀行の方も絶賛しながら築30年、吹き抜けを作り床面積が減ったという事実を書類にするしかないようです。こんなことだから住み替えの文化やデザインが根付かない国になるんです。残念でなりません。新しいご依頼のワッセナーS邸の調査を終え、Y邸の床組の現場を覗き、佐世保のアパート改装の現場に立ち寄り、マンション計画用地を視察。オーナーであるS社長とお会いして、建売の打ち合わせ、アパートの内装の打ち合わせ・・・・・・・工務店や設計事務所とも会い、先ほど帰ってきました。充実した成果ある日でした。現場があると大変で悩んで苦しくもありますが、喜びや、完成の充実感は何にも勝ります。明日は平田がオーナーとワッセナーで打ち合わせです。
バレンタインデーいろいろ
娘が手作りでチョコを作り、そのおこぼれをもらいました。味はなかなか。この年になると、色っぽいバレンタインではなく、豪快になります。同級生は事前に「何チョコが好きね。」「バッカスかラミー」日曜日夕方事務所に来て、バッカスとラミーを10個ほどもらいました。そのほかカシワ飯に、キンカン、キャベツに山芋・・・・・・・「チョコ食べ過ぎんように。」10個も持ってきた人の言葉かと思いました。でもありがたいことに事務所で食べる野菜に事欠かず、キンカンの甘く煮た物は初めての珍味でした。いつも気にかけてくれ、紹介もたくさんしてもらい、助けられてばかりです。お客様からも珍しいお茶や、果物をいただきました。気にかけていただいてありがたいと思います。
ところで、バッカス何個か食べると飲酒運転になるのでしょうか?一滴も飲むなと言われる時代です。気を付けます。
時代
いつの間にか年を重ね、古い人間になりつつあります。しかしいまだに、仕事やお金に追われ、ばたばたした生き方で落ち着きがないままです。永遠の時間の中で、幸運にも、7、80年、人生という祭りの期間を神から頂き、狂喜乱舞、喜怒哀楽しながら生きてます。残り少ない祭りの日々も騒がしく生きていきたいと思います。先日歌番組をみていて感じたことがあります。昔はプロデューサーを中心に「歌い手」と呼ばれる表現者と、作詞のプロ、作曲のプロ・・・・いわゆる作り手と呼ばれる人が同等の立場でいて、多くの人を対象に作品を発信していたように思います。その時代背景で多くの国民が口ずさむ大ヒット曲が生まれ、偉大な歌手、作詞家、作曲家が生まれました。いまは個性というのでしょうか、自分やわかってくれる人だけを対象に、自分で作り、自分で歌う時代のようです。そこにプロとして万人を楽しませる価値観はなく、「好きなこと。」の範疇で、がんばってるようです。才能がすべてで、訓練や、修行で培われる力を待つ事は時代のスピードについていけないのかもしれません。住宅建築も、熟練工、いわゆる職人を必要とせず、機械化で、建築パーツや資材をほとんど自社で作り、工場で組み立て、現場に運ぶ事が大手住宅メーカーの家づくりです。今時、時代が進むということは、お金が主役で、人が脇役になることかもしれません。人の魂ある歌や、絵や、文章や、建築や料理や・・・・・そんな人を見て、そんなものに囲まれて、文化は育つと思うのですが。
流行
ハロウィンに続き、節分が仮装で行われたり、成人式がこれまたバカ丸出しの、和服ショー,・・・・品がどんどん失われ、このところ、短いズボンに、帽子が若者の流行で、年寄りも、似合わないのに、若作りの無理したおしゃれで、髭を蓄えてる人が多くなりました。自分の感性の中でおしゃれしてる人と、させられたり、流行りや真似事だったりする人はすぐわかります。情報を手に入れて自分の役に立ててるのではなく、情報に翻弄させられてます。身なりというのは大事です。現場でも事務所でも、力仕事でも、事務仕事でもそれにあったみなりを考えなければと思います。なりふり構わずの年齢ではないので、きちんとしようと思います。周りの人が不快にならず、好感が持てる身なりを心がけます。その中に、ダイエットも入れて、還暦を迎えなければと思います。
荒れる一月二月
今年になって、世の中荒れ狂ってます。今度は清原がつかまりました。芸能界、政治家、なんだかくだらない騒ぎが多く、井戸端会議というか、あることないこと暴露合戦。汚いネットなどでの誹謗中傷。力がないバカで、魅力のないやつらがよくやる手です。一方通行の情報だけで堂々と討論できない奴が一番始末が悪い人です。それに群がりコメントする奴らの多いこと。バカは相手にしないことが一番。世の中誰でも、何かを背負って生きています。一生懸命生きてるんであればお互い様で、黙っておくことが大事です。いま議論すべき、一番大事なことは「消費税」だと思います。今後の国の命運さえ握っています。二桁にするには危険すぎる時期です。人の気持ちを前向きにするには、その先に何か、いいものを感じられるかどうかだと思います。数年かけて、国会議員、公務員の数を減らし、給料も減額することを明言して、そのうえで消費税を上げ、その先に、安心できる医療や、福祉が見えれば、一気に元気が出ると思います。安倍さんの足元をすくうぐらい、仕組んだ情報を流すことで簡単にできる世の中です。子供っぽい世の中です。大人として成熟した品のある日々を過ごしたいものです。マスコミのあり方そのものが品がありません。それにすがって食ってるやつらはなおのこと下品です。
ワンちゃん
我が家にも犬が一匹います。今思えば娘に16年前、子犬を飼ってやって以来、犬アレルギーの私の生活は一変しました。二階のリビングに行くことはなく、一階の寝室と、会社の往復です。家の者全員犬をかわいがり、私は家のローンを払いながら、その家でくつろぐことはなく、何か腑に落ちないまま暮らし続けています。一年に一度か二度2階に上がると、家は荒らされ、わたしのパーソナルチェアーもボロボロです。でもこれだけ長く一緒にいると多少愛着もわき、次第に犬アレルギーは克服していってます。何のしつけもないバカ犬ですが、特に家の者にとっては誰よりも愛する生きがいのように接しています。お客様の中でも新築後犬を飼ってある人、ワンちゃんの事を考えた家づくりをされる方、様々ですが、みな、家族の一員として上手にいい関係を築いていらっしゃいます。昨日わたしの車の前を犬を連れたトラックが猛スピードで走り抜けました。犬は落ちそうになりながら、踏ん張ってましたが心配です。
いろんな人。
琴奨菊の優勝は感動でした。日本人とか、モンゴル人というより、話を聞くと、科学トレーニングが相撲の世界にもいよいよ来たかという思いです。しごき、かわいがり、ちゃんこ、・・・・・・こういう非効率なものがなくなり、トレーナーが個人のデータを取り、効率的メニューのけいこ、筋トレ、栄養学的に考えた食事、・・・・・どうも、総合格闘技的な体に作り上げた力士が多くなり、部屋という概念がジムに変わるような気がします。
甘利さんの問題は相変わらず、「あーあまたこんな下らないことのやり取りに我々の税金を使うのか。」と思います。芸能ではないので、マスコミも興味本位のスキャンダルとして報道せず、「国会をやろう。」と正論を訴えてほしいものです。金もらおうと、女がいようと、きちんとした仕事をして本当に国のために汗をかいてくれればいいのですが。国会で恥ずかしい口げんかばかりをすることはやめて欲しいものです。ここぞとばかりのさらし者扱いももう飽き飽きです。事件は警察やほかに任せ、国会での価値ある討論を期待したいものです。
アメリカのトランプとかいうおじいちゃんも、マスコミの情報だけ見ると、恥ずかしい人のように思います。過激な発言ではなく、人としてあるまじき発言が多いと思います。「イスラム教徒は一切国に入れるな。」というのなら、「カツラの醜い金亡者の爺さんはマスコミに出てくるな。」と言いたくなります。驚くのはアメリカ人の多くが支持してることに危うさを感じます。不動産屋で経済人と称される大金持ちだそうですが、、理性も常識も投げ捨てまで金儲けはしなくていいでしょう。金を持ちすぎると、バカで、異常思想が芽生えるのでしょう。この人戦争しますよたぶん。
一月からいろんなことがありましたが、「平和の中でのできごと。」スマップの件で、ジャニーとかメリーとか、ジュリーとか、羊みたいな老人の名が出るし、ベッキーはゲスの極み何とかで、もう日本おかしい。男も女も勉強して、躾が必要な年齢から、変なヒツジ老人や秋元とかいうおっつちゃんたちに、利用され、金もうけの道具として使われ、それに乗ってマスコミも金儲け。バカがばかを生み、日本をダメにしていってる。へんな宗教団体と変わらないと思います。
寒波
正月明けから家の者が入院で、息子家族も帰省は退院祝いもかねて二月ということにしてました。よりにもよって、この大寒波の中、昨日帰ってきましたが、出かけることもできず、歩き始めた孫と部屋で終日過ごすようです。子供の成長はたった一か月でもかなりのものです。孫と遊べること、それが一番幸せかもしれません。わたしは雪の中、車で通勤できました。朝の事務所が寒いのはわかりますが、平田が変質者のようないでたちで,コーヒーを入れて飲んでました。何処から見ても犯人です。こんな日は、車も動けず、事務作業しかできません。ただ昨日の夕方、佐世保の新規のお客様が事務所を突然訪ねていただきました。ご入居者の友人らしく、とても素敵なご夫婦で、我々の家づくりを高評価いただいてました。いい土地を見つけ、いい提案をしたいものです。帰りの高速が心配でしたが通行止めではないようでした。この寒波を過ぎれば、天候も平年並みになり、忙しくなります。琴奨菊頑張れ、平田がんばれ。
格差は大事
昔、私の家は、爺さんが一番偉くて、親父、ばあさん、おふくろ、の順です。おかずも、爺さんと親父は特別でした。風呂の順番も同じです。男と女、大人と子供には格差がありました。クジラの刺身や、フグ、ウニやウナギは大人の男の食い物でした。中学や高校の運動部では一年と三年には神と奴隷ほどの格差があり、練習後寒い冬のユニホームやソックスの洗濯は手がちぎれるほどの痛さでした。社会人になると、修行時代と、一人前の役職との間に給料の格差、待遇の格差があり、口答えなどしようものなら「お前なんか10年早い。」と言われたもんです。よく怒られました。いじめではなく、教育としての格差は必要です。子供時代に親がまともな教育もできず、格差を教えず、金を使い、贅沢させたり、甘えさせたりして育てた子供はゆがんだ人間になり、人の役に立つどころか厄介者や犯罪者にすらなることが多いようです。伊集院静が言うように、子供のころ、格差や、人の死、自分より優れた人間はたくさんいることを実感させる必要があるようです。自分にできることで、人の役に立つ人生を死ぬまで続けることが大事です。格差こそ平等です。世の中の理不尽も最低限受け入れる度量も必要です。度を過ぎると戦わなければなりません。まっとうに生きてりゃ、年老いて体力は落ちても、経験や思慮深さで十分勝負できます。目をぎらつかせて生きていきたいものです。













