デザイン設計はずっと楽しい。

category: 未分類

 なぜこの仕事が好きになったのだろうか。船乗りの親父について、夏休みや春休みに博多についていっては小さい離島と違う町に魅せられてました。中学校の技術家庭の時間、本立ての設計図を書いてそれを創る授業があり、なぜか私はスタンダードな形の物は作りたくなくて、変わった形の設計図を創り,できたものは皆、ニスを塗るように言われてたのに、3色のペンキを塗って完成させました。怒られるかと思いきや技術の先生が「小澤君は設計屋に向いてるかもな。」と言われたことがうれしく、「そうか、博多の大きいビルも設計図がないとできないのかと思い、あこがれもありましたが、高校時代は野球に明け暮れ忘れてました。大学の建築学科に入学しても、一般教養や構造や都市計画など教科書の勉強は嫌いで成績もよくなかったのですが、叔母のご主人が「家を建てるからお前の好きなように設計してみろ。」といわれ「俺まだ大学2年でできるわけないよ。」というと、好きなように書いていいなんてめったにないことぞ。頑張ってやれ。」と言われ、へたくそな設計図に忠実にコンクリートの家が9か月後にできました。叔父叔母はなくなりましたが今もその家は残ってます。自分が書いたものができるということはうれしいものです。その後離島の従弟の家、別の叔父叔母の家も作らせてくれ、學校、体育館、役場など下手な設計ながら故郷に多く建てさせてもらいました。住宅をやり始めましたが会社の中ではうまく仕事ができず、50過ぎて、信頼できるコーディネーターと2人で独立して、苦労しましたが作品はしっかり作れました。まだまだ力不足ですが、いつも楽しくデザイン設計ができる間はいいものにチャレンジします。40年で作った作品は多くのご入居者と心地よい人間関係を作ってくれました。それが何よりです 。