北朝鮮や、中国や困った独裁国家に対し、「対話と圧力」と言いながら何年も何十年も、拉致も核も何一つ解決できてない我が国は「抗議」をしたり、「声明」を出したりするだけでいいのだろうか?話し合いと称して思考や教養が貧しい言い訳の理論を聞くだけです。成熟した大人の国家の対応がこれならば、私流にいうとそれは「泣き寝入り。」というのです。理屈に合わず、わがままで、自己中心的な考えのやからに、正当な理屈で何も伝わるわけもありません。私にも何人かそんな困った人がいます。筋が通らぬ、感情だけの武器を振りかざし、わがままな素人鎧を身にまとい、困った民意の低い人たちです。我慢して、ある一定の抗議と時間を費やしてもわからなければ、実力行使が必要かもしれません。それは戦争じゃないかと言われそうですが、違います、成敗です。水戸黄門も、金さんも、そうでしょう。自分に恥じることない生き方をするならば、かかわらないことは決して正義ではありません。軋轢が起ころうと、果敢に戦うべきだと思います。そういう困った人たちは、こぞって金を何より信じてます。

銀行が、住宅ローンのため,またまた書類を要求します。照明器具や、カーテンなどまだ確定もしてないのに、「見積書」を嘘でもいいから作って提出です。仕事のための仕事で、呆れます。よくこんなルールのところにいれるなーと思います。次にデータ会社。うちの内情や、売り上げや利益や社員や、・・・・いろんなことをただで聞き出して、書類にして、人から調査依頼が来たら、金とって教えるという、これまた、情けない仕事です。わが社はうそのデータで、書類が作られてました。ひどい話です。人の情報にずかずか入ってきて、人の情報を売るなどという意識はどんなところから生まれたのでしょうか。とにかく、役所とともにこの手の会社は嫌いです。
ハウステンボスワッセナーの施工中のY邸と、見積もり依頼物件、最後にご入居者のS邸に行きました。工務店や、職人と、前向きな打ち合わせすることが一番楽しく感じます。

台風が何事もなく、通過してほっとしています。台風が来るたび、テレビ局の、お天気キャスターと呼ばれる人と、司会者のわざとらしい小芝居に腹が立ちます。なんだかんだとわけのわからないドヤ顔の説明と、相槌を打つMC。気象庁の見解を報告してくれればそれでいいのですが。また台風時に、港や高台で、雨が強い、風が強い、を大袈裟にどの局も同じ時間に流します。「すごい風と、雨です。波も高くなってきました。」「すごいですねー。気をつけて取材してください。」このくだりもいらんでしょう。昔中継中は風と雨でよたよたしてたレポーターが中継が終わったと思い、何事もないように、椅子に腰かけるシーンが写り大ヒンシュクでした。騙してまで、台風中継を、ショービジネスのように扱うテレビ局は全くいらないのですが。合羽とヘルメットで外に出る、罰ゲームみたいなパフォーマンス、災害時、何もできない政治家サン達が作業服で、会議室に集まり、「人命第一に、活動するように、指示を出しました。」などのパフォーマンスは何の意味もありません。それこそ、現場第一主義での情報や決定を何より信じます。この国は職人や、現場で汗を流している人の腕と、勤勉さでもってるのですから。

正義の味方になることは大変なことです。自分に、火の粉が飛んでくるし、本音を口にするといじめられるし、・・・悪者の仲間でいて、おこぼれをもらう生き方を選ぶ人が多いようです。子供のいじめ問題もそんな気がします。さながら、小池都知事は都議会自民党や、都連などの悪をあばく正義の味方として立ち上がったように見えます。それなら徹底して戦ってほしいものです。肩書以外、力がない歳食った親父や爺さんたちの横暴ぶりは目を覆いたくなります。ごますって悪人側でいい思いした人は年を取るとみんなから、ばーかと思われてることにも気づかず、偉そうにふるまい人に迷惑をかけます。私の周りの福岡の名のある会社で役職だけで飯食ってきた爺さんたちも同じです。森の爺ちゃんももう静かにしなさい。お金ファーストから、国民ファーストの時代です。悪が徒党を組んで政治をやる時代じゃありません。解散。我々の目からは、国や街を託せる正義の味方の政治家がいなくて、悪組織の人間が政治家という認識です。自分の保身や、就職としての議員ばかりで、言いたいことも言わず、政務活動費をもらい、親分のいいなり、数合わせのために飼いならされた人ばかりです。政治家は軽蔑に近い職業になってますけど。認識してるのでしょうか?。なんとなく悪は人相に出ますなー。失礼しました。

初盆、オリンピック、高校野球、選挙、猛暑日、ポケモンGO・・・・あわただしい夏でした。何とか今月も乗り切れそうです。私が対馬で暮らしていた夏は、サザエとり、夜釣り、かき氷、冷麦、スイカ、蚊帳、蚊取り線香、庭先での花火、仏壇が思い出されます。小さいころは「やだな」と呼ばれる、家から海に突き出た、竹で作ったベランダで、ばあさんが炭火で、魚やウナギを焼いてました。今より、豊かな時間が流れていたように感じます。風呂上り涼みに燈台のところまで行くと、水平線には漁火が一直線に並んでいました。時には親父の小さな伝馬船を、櫂でこいで沖まで出ることもありました。店で忙しいおふくろやおばたち大人の女性は、ひと夏に一度だけ、夕方薄暗くなって、泳いでました。「海には一度はいっとかんと冬に風邪ひくから。」といってました。俺は毎日夏、海で泳いだのに、冬になると風邪ひくんだろうと不思議に思ってました。
冬は海から湯気が上がるほど寒い島ですが、夏は楽しい島でした。いまはみんないなくなり、ひどく過疎化して、あの風景を味わうことはできません。いい時を対馬で過ごしました。夏の終わりは毎年、対馬を思い出します。

オリンピックのインタビュアー、高畑淳子の吊るし上げレポーター、スマップの解散をはじめ番組内で意味のないことを語るくだらないコメンテーター・・・・・・・文化レベルの低い国です。このひとたちが自分の仕事が恥ずかしい仕事だと思ってないことが悲しくなります。言葉の端々に自分のバカっぷりを堂々とさらけ出す無知さに驚きます。真田丸ではないですが、「だまれコワッパ」と言いたくなります。子供がいない政治家や子供が一人、ふたりの政治家が、えらそうに少子化を語ることにも頭をかしげますが、ひとのプライベートに許可なくずかずか入って飯食ってる人は自分の子供にどういう教育ができるんでしょう。「法律に触れなければ何やっても、何言っても、何聞いてもいい。」というのでしょうか。言葉を操れない人は人を傷つけます。常識に欠ける言葉は人を怒らせます。何より聞く人が不快になります。
「この人に、自分ごときが口をきいてはいかん。レベルが違う。」ということすら気づかないバカが多すぎます。レポータ全員寄ってたかっても、高畑淳子一人の存在感、表情、言葉、に圧倒されていました。聞き手のバカさ加減だけが誇張されました。

オリンピックが終わりました。以前にも書きましたがマスコミの伝え方に問題がありますが、感動し、涙も流しました。一流のアスリートがすべてをそれだけにかけて厳しく苦しい生活をし、スケジュールから栄養管理まで周りが支え、国が一流のアスリートにお金や施設を提供し、場合によっては、国籍を変え、オリンピックに出場する人も多く見受けられました。高校野球がいい選手や監督を集め、環境の整ったところで、甲子園を目指す競争とあまり変わらないようにも見えます。メダルを取るにはすべて、管理されたトレーニングと、食事、デジタル化されたデータと、スポーツ医学、・・・・・人をメダル取得マシーンへ作り上げてるようにも見えるのは私だけでしょうか。お金がある国が強い。それがスポーツなのかという単純な疑問もあります。そして感動は親子や、仲間と抱き合う涙、師弟関係、負けた悔しさ、たたえあうライバル・・・・・アナログが与えてくれてます。本来、すごく人間臭いものがスポーツのように思うのですが。メダル奪取プログラムではなく、本人の価値観や、考え方でトレーニングをし、好きな競技に没頭して頑張ることが尊いと思うのですが。こんな感想は老いた証拠でしょうか?

この年齢で、まだまだもがいて、仕事をし、たいした腕でもないのですが、いい家づくりにこだわり、わがままを通し、たわごとを言い、心穏やかに時を過ごすことがありません。そんな中、昔から「愛燦々」という歌を聴くと、なぜか、いろんな感情が湧きあがり、いろんな人が思い出され、聞くたびに、頭に浮かぶ映像は違うのですが、浄化された気になります。先祖も友人も、仲間も、いい顔で思い出されます。
恋愛とは別で、いい男というか、色気のある男として、武や、談志や、勝新太郎、高倉健などの名をあげます。それに異論などないのですが、もっと自分の身近に、リスクをしょったり、損と知りつつ、苦しくても筋を通した仕事をしている人がいるはずです。そんな人に魅力を感じます。私は幸せなことに、それが両親でした。人は苦労とか、不運とか何を基準に判断するのでしょう。
フェイスタイムで一歳半の孫娘が笑顔で、「じーじ」と呼びかけてくれるだけで、幸せですし、引き渡した家がオーナーからすごく喜んでいただき、自分たちも満足できる出来栄えだと、平田と喜びあい、工務店や職人さんと喜べることが幸せです。「帳簿の検証が商売。」なのはわかっていても、・・・・・・屁理屈ですが、帳簿は残さず、作品を残す人生にしたいものです。

私が子供のころ、「大人」がたくさんいました。自分がこの年になって感じることは「大人」と呼べる人がすごく少ないということです。大人の定義の第一位は責任が取れること、第二位は周りに気遣いができること、第三位が叱れることだと思っています。
最近、政治の世界でも、「民意」に従うということがよく言われます。政治家も人気商売になった証拠です。民意で物を決めるなら政治家はいりませんし、民意以上の、奥深い思慮の元、物事を決められる人が政治家のはずです。スマップの解散騒動も、政治家も同じように、成熟できてない世間の、大騒ぎです。子供の時からただステージに立たされて大人の金儲けの道具として扱われ、大人になりきれず、40過ぎのおじさんになったアイドルと、政治家の息子として育てられ、親父の後援会をもらって政治家になったお坊ちゃま君。どちらも大人にはなれません。大人になるにはしつけられ、修行し、経験を積むことです。そして死ぬまで勉強は続きます。

なかなか旅行にも行けないわけですが、地図や、写真を見て、ここ行きたい、あそこ行きたいと話すことはとても楽しいことです。この五年で、上海、シアトルの海外と、京都、神戸の六麓荘や、箱根の富士屋ホテル、松山の道後温泉、倉敷、鎌倉湘南・・・・・仕事で、東京、横浜を歩くことはありますが貧乏性で、日帰りが多く、ゆっくりした旅はできてません。数か月前、思い立ち飛行機で、北陸に向かうと、天気が悪く、福岡に引き返しました。
とにかく、ゆとりある旅をするには、仕事がうまくいき、安心できる段取りをしてからです。足立美術館はお客様からいいと聞きます。立山はずっと行きたい場所です。伊勢神宮は娘いわく、「元気なうちに行かないと、かなり歩くよ。」できれば、洞爺湖ホテルも行きたいのですが三泊はちょっと無理です。

