田舎での生活は若者にとって退屈なものだというのはよくわかります。大都会で定年近くまで働いた年配者が、疲れて田舎暮らしにあこがれるのも分かります。田舎では都会ほど金の価値がありません。農作物のできばえや、大漁不漁、自然と闘いながら生活しています。村の人はある意味家族で、助け合い話し合いながら村で生活します。お金にすがってない分、ある意味村の生活は自分勝手にはできません。村八分というものは悪いことばかりではなく、村のルールを守れないのであればでていけというある意味厳しいものです。人とのつながりが財産です。村の子供は皆でしつけます。私も小さいころよく叱られたり、手伝わされたりしました。でも大人の働きぶりが見れたので、できる人、リーダー、やさしい人、怖い人・・・すぐ村での役目がわかりました。「田舎者」と呼ばれる人が東京で生活できないように、都会人も金だけ持って田舎に行っても生活になじめないと思います。そういう私は、近く対馬の実家を解体する予定です。複雑です。 コンプライアンスとかで、人に必要以上にかかわらず、機械での接客や、電話対応、キャッシュレス、理解できないパワハラ、セクハラの定義・・・・もうわたしも嫌気がさし、田舎で仕事ができればと考えますが、受け入れてもらえるかどうか不安です。
9,10日と東京出張だったので、恒例の十日恵比寿に行けず、11日くじ引きも終わったころ、、お参りに行きました。ことしは初詣にも十日恵比寿に行きました。1日参りを続けていくつもりです。相変わらず寒い中大勢の人出でした。自分にとって意味ある行事は継続してそこに身を置くようにしています。しかし最近、出店より派手な服装や、髪の毛の色の若者が十日恵比寿の意味も分からず遊びに来ています。道の真ん中で立ち止まったり、道に座って大声で酒飲んでいる連中の多いこと。きてもいいが、本来商売を頑張ってる人たちが感謝と願いに来てるのだから邪魔はするな。神社も金儲けが見える対応となれば、われわれの足は遠のきます。恒例の成人の集いなる行事がニュースで流れ、北九州や沖縄などの仮想大会を映し出しています。親も一緒になってバカ騒ぎのようです。行政などの対応が情けないものばかりです。着飾り合戦の中、必死でその日働いてる二十歳の若者もいます。医療従事者など人の生活を支えている若者たちです。漁に出てる人、長距離トラックに乗ってる人、病気と闘ってる人、・・・・何十万も何百万も仮装に金かける親とそれで喜ぶ子供のどこが成人だ。昨夜地震です。神戸、熊本、東北、能登・・・。コロナ。多くの災害と闘った若者が不幸、不運ではなく、人として大事なものを身に けつけていることを忘れてはいけないと思います。 彼らに期待します。もし私がひとこと二十歳の若者に言うなら、「自分のご先祖、仏壇に毎朝手を合わせなさい。」大人はそこから始まります。
東京、横浜リニューアルの着工立ち合い2棟にコーディネーターが長時間頑張りました。オーナーとの打ち合わせ、棟梁との打ち合わせなど忙しい出張です。私はハウステンボスワッセナーの建て替え予定のお客様とお会いしたあと、文京区の新築予定の役所調査で文京区役所に行きました。今回はゆっくりできる時間もなく、帰りの飛行機もギリギリでした。60と70のジジババの仕事ではありません。くたくたです。でも大好きな横浜山下公園の老舗ホテルニューグランドでの朝食はとても元気が出ました。天気がいいとすべてがご機嫌になります。息子が汐留のホテルの一室で仕事してるというので、訪ねてお茶を飲んで、車で文京区まで送ってもらいました。東京ドームに隣接してる区役所は、豪華なものでした。こんなものが必要かどうかはわかりませんが、この建物は区民のために必要と考え建てたものなのか、役人の職場としてのものなのかがわからないまま作ったとしか思えません。行政の悪いところです。主旨より予算で物事が動いてます。
伊集院静の大ファンだったので、亡くなって、つまらないと思っていたら娘が最終巻の本を買ってくれました。本を読んで気づいたことがあります。彼と親交が深く彼が好きだった人は私も大ファンなのです。どこかで同じ感覚、感性を感じるのでしょうか。もちろん私など一緒に語るに値し ないのですが、うれしく思いました。まず長嶋という日本中を熱狂させみんなを元気にしたミスタージャイアンツ。王ではなく長嶋なのです。私にとっても神です。 人間的に尊敬され、ワールドシリーズMVPに選ばれたニューヨークヤンキース松井秀喜。イチローではないのです。落語家談志、 映画監督、お笑い幅広い北野武、政治家としての石原慎太郎、一番だめな政治家は菅首相らしいです。司会者は徳光さん。サザンの桑田佳祐、原由子夫妻の才能と律義さが好きみたいです。 歌手前川清、ゴルフ松山英樹、騎手武豊、作家、黒岩重吾。私も彼の男たちよ、女たちよが好きです。正岡子規、夏目漱石、色川武大、黒鉄ヒロシ、竹内マリア。彼女の生家出雲大社の老舗旅館のたたずまいも好みのようです。先日見てきました・・・・。私はファンとして皆好きですが彼は付き合ったうえで魅力を感じたようです。でも、彼は母親が一番好きなようです。私もです。そして、銀行の理不尽な商売や役人の働き方に腹を立ててるのは全く同じ考えです。今、労働時間を守ることが当たり前で、切りのいいところまで仕事をやること。大事な残業や休日出勤を拒否する社員はすぐにでも辞めさせるべきという考えに大賛成です。そうして働いてきた今までの大人や我々の働き方を否定する世の中になりつつあるし、われわれが見てまともな人がまともじゃないと思われてはいかん。魅力ある人、大事な人がいなくなることが心配です 。彼にはもっと生きてまともな考え方を表現して欲しかったのですが。残念です。 ちなみに夏目雅子、篠ひろ子を嫁にした男ぶりは私にはありません。そこは悔しい。
出雲大社に行く機会がありました。大きく勇壮な神社でした。伊勢神宮とはまた違った神々しさがあり、建物としても興味深くみわたせます。ただもっと大勢の人が参拝してると思ってたら、正月なのに意外と少ない人出でした。竹内まりあの実家でもある竹の屋に泊まることはできませんでしたが素敵な歴史が刻んだ外観を見ました。参道のソバ屋でそばを食べ、長時間のドライブで帰りました。山陰は車もほとんど混むこともなく、気持ちいい時間をすごしました
デジタルが嫌いでアナログ人間の私ですが、がっかりする通知がメールで送られてきます。「今年をもって年賀状を取りやめさせていただきます。」そしてその年賀状は自筆がほとんどなくなり、メール一斉送信や印刷が主流になりました。機械を使う世の中で、手や指や言葉などでの表現がなくなりつつあります。乗り物の予約や食事の注文は人と話すことが必要でなくなり、言葉をなくしそうですし、手紙や、絵など指はボタンを押すためだけの道具になり、機械が書いてくれます。きれいな出来栄えなんでしょうが無機質で魅力を感じることはありません。私の仕事の図面やパースはCADで行われていますが私はいまだに鉛筆なめなめです。人の指で書かれたものはその人が言おうとしていること、やりたいこと、迷ってること・・・みんな見えます。指先が語るのです。 恐れずいうと、自分の指で表現しない人は「へた」です。図面の差別化がなくだれでもどの会社でも同じものにしか見えません。料理もボタンを押しチーンで出来上がり、シリやナビなどで記憶力が衰え、指先や手を使って発展してきた人の文化は機械にとってかわられるのです。ただ、コーディネーターが言うように、これは危ういもので大戦争が起これば、こんなものぶっ飛んでしまいます。そのとき人の力は残ってるのでしょうか。便利の追及は、大事なものを捨てるこにもつながります。そこいらじゅう雑然と散らかった部屋でいまだ仕事をしています。暮れの掃除をしました。机にパソコン一台のきれいな部屋は私は落ち着きません。
ここ10日で病院ばかりです。肝臓の検査に、ひざと脊柱管狭窄症の治療 目の検査治療、皮膚科の治療に、あたまのMRI 、あと27日、胃カメラです。これを数年続けています。薬の量も半端ではなく、怖いくらいです。ご入居者の先生が「小澤さん。あなたは必要な人です。家を建てていただいた我々だけではなく、あなたのような仕事をする人がいなくなると困ります。大事な人なんですよ。」「家づくりを通していろんなことを教えられました。」そう言って肩をポンとたたいてくださいました。涙が出るほどありがたくもったいない言葉です。70と60の老人二人で喧々諤々しながらいい作品を創ろうともがいています。オーナーに喜んでいただきたいだけです。いつもながら12時近く家に帰るとベットの上に娘から伊集院静の本が置いてありました。私に元気を出させるためでしょう。彼女も偉くなり忙しいところに身を置いて、頑張ってるように見受けられます。お客様や業者から暮れのあいさつをいただき、多くのご入居者が「体に気を付けてください。そこが我が家の親元みたいなものなんですから。」幸せ者です。息子家族の誘いでサンフランシスコに行きたかったのですが、検査で断念しました。 写真をたくさん送ってくれます。来年はいけるように体を治します。
どうしても日本中が103万の壁などと騒いでいることがわかりません。器の小さいおじさん連中が何の人気取りなのでしょう。こんなことに国会やマスコミが騒いで恥ずかしくないのでしょうか。損得ばかりの話は気持ち悪いだけで、もっとレベルの高い目指すべき国になるには国民はどうすべきかを堂々と語るリーダーはいないのでしょうか。103万などとは関係ない 裏金おじさんや不倫おじさんが何を議論するのでしょう。たかが二十数人の国会議員しか当選しなかった国民民主党が勘違いしてるようで、顔がどや顔です。気持ち悪い悪役顔です。また学校の無償化などもうめちゃくちゃです。ただより高い物はない。お金がかかるんですからきちんと払いなさい。学校はただで、予備校に高額な授業料を払う親は犯罪者と同じです。授業料から給食費、何でもかんでも国にすがる国民など恥ずかしくないのでしょうか。世も末のような国になりつつあります。議員だけではなく、ソフトバンクの孫さんもアメリカでトランプによいしょするし、學校のクラブ活動はなくなる方向だし、みんな会社が合併の方向だし、だらしない経営者ばかりです.昭和の日本はどこに行った。
私が好きな本です。モデル、商品、製品、ホテル、旅、そして素晴らしい写真、何より文化を見るのが楽しみです。私たちのご入居者もファンが多いようです。こういう雑誌作りには、外圧がすくなく、真正面から「いいもの」を追及しているように思います。文春のようなものとは比較になりませんが少なくとも「売れりゃいい。」という恥ずかしい根性は見当たりません。今月は珍しく倉本聰のインタビュー記事が掲載されてました。私もファンなので興味深く見ました。北の国からという代表作をはじめ、駅、風のガーデンなど 作品を作り続ける姿は魅力的で素敵な老いを感じます。89歳ですよ。いい仕事と向き合い年を重ねると、老人にしかだせない、魅力的で味がある言葉をもらえます。我々の創る家も、いいオーナーにに住んでいただけると年を重ねることでいい空間になります。そして倉本聰が「創る」という行為は、遊ぶことだと言ってます。まだまだ未熟ですが、私も感性は遊んでこそ育まれると思います。ネットでは出せない一流のプロが寄ってたかって作るこの本が続くことを望みます。
狭い事務所に物があふれ、年の瀬ということではなく片付けないと机やテーブルの上は作業ができません。もともと片づけない私と、何件も同時に打ち合わせが立て込んでるコーディネーターです。カタログや見本やタイルサンプルなどが山積みです。何度も変更の希望があり、根気強く頑張れば頑張るほど物は増えます。オーナーとの打ち合わせの度隠すのが大変でした。応援を頼み、今日、いくらか捨ててきました。わがまま放題の私は、この事務所で飯を炊いてもらいおかずを作ってもらいます。しんどい時はソファーで寝るし、いくつか着替えも持ち込み、爺さんの棚と呼ばれてる薬入れ、ネットフリックスやプライムビデオを遅くに見たり、冷蔵庫には好きなものが入ってます。散らかるはずです。何より私も、コーディネーターも人の倍くらいの体積がありますから、狭い事務所がなおさら狭くなります。引っ越して10年近くここで頑張りました。徐々に物も増え、体もでかくなりきちきちです。でも一番落ち着くのです。ここで書くデザイン設計が数多く作品として建ってます。