月曜日は佐世保レンタルハウスのうちあわせで、平田と佐世保に向かい、夕方から鳥栖M邸で、完成写真の撮影を行いました。いつ伺っても、うらやましい、素敵な家族です。翌日は対馬で久しぶりの墓参りです。掃除して、親戚を回り、初盆の家も、2件ほど参りました。墓の前で、先祖に、駄目の長男であることを詫び、おふくろの近況も報告しました。なんだか引っかかってたものがとれた気分です。ただ小さな村です。私の知ってる、オッチャンや、おばちゃんが、墓石になってました。時代は粛々と時を刻んでいることを実感しました。あれだけ活気にあふれていた実家も今は誰もいない空き家で、雨戸が閉まったままの、荒れた状態です。早めにもう一度来て、整理しなければと感じました。さびれた町の対馬は韓国人ばかりが歩いていて、純粋な第一村人発見は車で走り始めて、30分以上もたってからです。水曜日は湯布院の、K様別荘に行き、工事の終了を確認しました。ちょっと施工精度に文句がありますが、・・・・・・。行き帰り、雨がひどいこともあり、お盆休みもあり、混んでました。、この三日間やるべきことができて、ほっとしてます。
自分の腕がすべて。
日本は、学校や会社や、資格や、もっと言うと、役職や職種によって、価値が決まる傾向にあります。しかし、いくらいい会社のお偉いさんでも、やめてしまえば、ただのおっさんです。ある意味、自分自身の力のなさに愕然とし、人が去り、さみしい毎日を送っている人も少なくありません。会社で活動してた人は、退職後リスクを負うことなく、自分の、金は使わずに、自己責任も取らなくていい、人のふんどしで相撲を取る商売をしたがる傾向にあります。自分の腕に何の力もないので、腕のある人を昔の名前で、上手に使い、上前を撥ねようとします。わたしなどどれだけタダ働きさせられたかわかりません。昔の栄光にすがればすがるほど、その人を哀れに思います。仕事させたまま連絡もしてこないような男が役員でいた会社など、しょせん中身は金もうけ主義の、ぼろ会社です。いい年して、人としての常識すら備えていません。
対馬の漁師や、職人やわたしが見てきた腕に覚えのある男たちは、年をとっても、自信にあふれ、若いものからも一目置かれます。自分で稼げる腕は何よりの財産です。人が寄ってきます。魅力ある男になるには、その人個人が魅力的なければなりません。周りのことを考えられる人でなくてはいけません。現場に足を運び続けた人はいろんなものが見え、魅力的です。わたしはまだまだ腕を磨き続けます。
お盆を前に。
夏の盛りです。もうすぐお盆。高校野球も、始まり、王の始球式はさすがでした。この時期はなぜか、亡くなった、祖父母や、親父、叔父叔母が近くにいるように感じます。毎朝仏壇に手を合わせる時に見る写真も、何か語りかけそうです。自分の仕事を、仏壇の前で、うれしいこと苦しいこと、助けてほしいことすべて語り、作品集をお供えしています。親父が生きてるとき、「こりゃいい家やなー。」と自分なりに語ってくれた、水巻のK邸はなぜか特別な感情が湧きます。「誰も建築とか設計とか長けてた人はいないのに、なんでお前は家が好きになったかのー。」が叔父の口癖でした。一番作品を楽しみにしてくれてたのも叔父です。家族に見える仕事、形が残る仕事につけて幸せです。子供たちもそれぞれ好きな作品があり、孫がわかるまで頑張るつもりです。
帰省
今年は、墓参りと、叔父の初盆に帰りたいと考えてます。これだけご無沙汰して、罰当たりな長男です。できることなら船での帰省を考えてます。飛行機だと、25分、船だと四時間半。私が高校時代は、船だけでした。時化の日もあれば、なぎの日もあるのですが、玄界灘はおとなしいことはめったにありません。それでも、博多湾を出て、玄海島、小呂島あたりからゆれ始め、壱岐が見えてくると、ほっとしてました。デッキで弁当を食べて、壱岐の景色を楽しみます。郷ノ浦を経由して、一番波が高いところを一時間半も走れば、対馬の島影が見えてきます。「やっと着いた。」という強い満足感と喜びは飛行機では味わえません。出迎えの人も、長い旅をいたわり、「ようきたのう。」という笑顔の言葉が飛び交います。港ならではの光景です。時間によっては、夕日や漁火、トビウオ、イルカなどにも、遭遇します。船に乗ると、船乗りだった親父との思い出も、脳裏に浮かぶはずです。しっかり墓を掃除して、親戚周りをしようと思います。
花火
先日大濠の花火大会でした。若い人は、血が騒ぎ、肉躍るのでしょうが、最近の若者事情は全てに冷めてるようです。我々は、やっと、苦しい七月を超えた安ど感が強く、数人集まり、事務所で晩御飯でした。事務所から花火はよく見え、音も臨場感たっぷりに聞こえます。平均年齢、還暦で、平田が一番若いこの集まりは、初老会のようなものですが、年の割にみんな熱く、好きな仕事を持って、動いてます。その辺の、若いやつらなんか勝負になりません。技だけでなく、元気も口数も、経験も、こだわりも、何一つ負けることはないでしょう。負けるとすれば、目が見えにくくなったことと、代謝が悪くなったことくらいです。毎朝五時から五キロ歩いてる強者もいます。掃除の鬼、片付けの鬼もいます。(わたしだけはデリカシーが欠落してると言われてます。)お盆までに、東京、佐世保、ハウステンボス、湯布院、鳥栖、熊本と、たくさん予定してます。楽しみながら頑張ります。
夏風邪に苦しみながら
病気しない私が、今月はたくさんの薬を病院から頂き飲んでます。胃、かかと、のど風邪いっぺんに七月に集中です。特に風はしつこく、咳と痰に苦しんでます。悪いことに平田にもうつり、でかいのが二人、事務所で、熱っぽくしながら、ゲホゲホ、ゴホゴホです。車の運転があるので、薬も限界があり、一週間たっても治りません。「夏風邪が一番似合わん。」と言われながら、車で走り回っています。不思議と、オーナーの前では、ピタッと咳が止まり、車に乗り込むと、激しく出ます。
今日は佐世保の屋払いでした。お弁当までご用意いただき、4日、着工前打ち合わせです。大人数の屋払いは、S社長の人をひきつける力でしょう。来月からは体調を整えて、頑張ります。
ハウステンボスワッセナー我々の歴史
ハウステンボスワッセナーの最初の建て替えをしたのが約11年前H邸でした。東京の日本設計に何度か出向き、デザインの、チェックを受けました。「この手の住宅はそちらの方が実績も、デザインも長けてるようですね。」と言われたのがついこの間のようです。H様ご夫婦とのお打合せで、いい作品ができました。多くの人が見学され、本格派の輸入住宅として高く評価していただいたことから、ワッセナーの仕事が続いています。T邸、B邸とリニューアルが続き、そこもまた多くの方から支持され今年、I邸の全面リニューアルが完成し、それを見てくださり、今M邸の打ち合わせです。この街並みはいろいろなご意見もありますが、色あせることなく、人の心をつかみます。住宅は古くなり痛みもしますが、手を入れることでよみがえることは実証済みです。ここで勉強させていただいたことも数多くあります。われわれデザイン屋がこの町を守ることに少しでも力になれば、それは誇りです。わたしも平田も、この町が好きです。
みんなに迷惑かけっぱなしです。
ここ一か月わたしは何か呪われたかのように病院に行ってます。年に、正月3日と、お盆2日しか休まず、働き続け、少々の風邪も熱も、働きながら直してきたのですが、年です。内視鏡を何度も受け、その後すぐ風邪をひき、38度の熱とのどの痛みと痰がいまだなかなか治りません。2日前からかかとの激痛で歩くどころか立つこともできず、平田に介護してもらい、娘に、手当と、送迎を頼み、今日ご入居者のH先生のところで、かかとに二本注射してもらい、薬と消炎剤をもらいました。楽になりました。骨と腱が加齢で炎症を起こしているようです。お祓いが必要です。仕事は何とかみんなの手を煩わしながら継続できてますが、すいすいとは動けてません。申し訳ありません。せっかちな性格なので、自分にイライラしてます。食事の後、10種類の薬を、18錠と粉一袋飲んでます。爺さんや親父たちを見て、「薬の飲みすぎで死ぬぞ。」と、うそぶいていたのが自分もそんな年になったんだと改めて思いました。佐世保のS邸レンタルハウス、ハウステンボスワッセナーの大リニューアルM邸はとてもいい出会いで、お任せいただけそうです。先日北九州のM様ご自宅にお邪魔すると、とんでもないお屋敷で、家も庭もきちんと守り通してあることに感動しました。一切アルミサッシや、プラステック樋などなく、70年前のものばかりです。これぞ日本の、巧みです。そして、日本のオーナーです。
邸宅デザイン
ハウステンボスワッセナーのデザインができました。今回は特別な仕事です。ワッセナー先端に立つ邸宅エリアのリニューアルデザインです。総2階で、シンメトリー、煙突が4本必要です。思い切った提案を考えたのですが、構造的に可能か?窓の大きさ、ドアの高さなど、より、重厚かつ、明るく、大空間の吹き抜けをど真ん中に作る案です。階段を取り壊し、ストレートに、フォーマルダイニングへと導きます。後日パースを、掲載します。ワッセナーでの仕事が多くの人に評価され、光栄です。モールや、色に頭を悩ませる、楽しい日々を送る事でしょう。。現在の写真です。古い味を利用して、リニューアルならではの、作品に仕立て、運河を行きかう船からの景観アップに貢献したいと考えてます。
新国立競技場
わたしのような建築屋が述べる問題ではないのですが、我慢ならず、怒ります。新国立競技場はザハ案が正式コンペで、当選したにもかかわらず、すったもんだして、政治が介入して白紙撤回。住宅だったら日本というオーナーは最低ということになります。いやなわがままな最低の客です。前回のコンペで、落選したデザイン屋がのこのこテレビに出て、リベンジで、自分なら安くやれると声を上げている。こんなやつも、ろくなもんじゃない。こんな恥ずかしい仕打ちをする国なら建築家として、日本のコンペには参加しませんというくらいの骨のあるデザイン屋はいないのだろうか。この国はあまりにもデザイン屋を軽視して、経済屋や、政治家のしもべのように扱います。だからセンスのない国になったのです。建築デザインを知らないバカコメンテーターや司会者がとやかく、くちをだす事にも腹立たしく思います。安藤忠雄も人としての化けの皮がはがれたようです。建築デザイン屋はあんな常識のない権力にすりよる人ばかりではありません。小倉とかいう、司会者が、「ザハは違約金で13億もらってるんだからかわいそうではない。」と発言してましたが、われわれの仕事は作品を作って、そこを人が使って、喜びがあり、完結するのです。そのため全知能を振り絞り、プレゼンテーションをします。言わしてもらいますがあんたみたいに、カツラかぶって、適当なこと言って金もらう商売とはわけが違うんです。取り巻く環境、時代背景で、お金の価値は違います。前の他国と金の比較は無意味です。
デザイン屋はできたものへの評価は真摯に受け止めますが、デザインを愚弄する行為は国の恥です。昔の城にしろ、国会議事堂にしろ、役所にしろ、美術館にしろ、劇場にしろ、・・・・・・極論すれば現場のプレハブ小屋で、事は足りるものも少なくありません。金かけず、文化を捨てますか?全力の仕事が文化を生みます。












